はじめに


 雑誌 Expert Nurse 2005年2月号【褥瘡のラップ療法 悪い? いい?】という特集記事が掲載された。ちなみに,日本褥瘡学会公認の書籍を多数出版しているのがこの雑誌の出版社,照林社であることは皆様ご存知の通りである。

 これから各先生方の論文を取り上げ,どこがおかしいのかを書かせていただくが,その前にまず,全体的な印象を書く。


 まず,多くの人が取り上げているのが「医療用材料でないラップで治療するのはおかしい,何か事故が起きた時の責任を取れるのか」と言う論点である。もっともな言い分のように思われるが,この人達はなぜか皆,医療現場で「医療用材料でもなく,安全性も確かめられていない」物が使われている事を忘れている。
 皮膚科におけるサランラップによるODT療法,指尖部損傷におけるアルミホイル療法,褥瘡のデブリードマンに使われる歯ブラシ,ドレーンを突き刺して固定するための安全ピンなどである。これまで,褥瘡のデブリードマンにブラシの使用を勧める論文を書いてこられた「褥瘡の専門家」の先生もいらっしゃったが,この歯ブラシはどう考えても「創面に使える医療用」ではない。この先生はどうお考えなのだろうか?
 これらの使用を非難せず,褥瘡のラップ療法だけを非難するのは明かにおかしいし,バランスを欠いている。


 例えば皮膚科領域で行われているODTだ。これは多くの教科書に「サランラップ」という商品名つきで取り上げられている。医局に転がっていた皮膚科教科書を見ても,以下のようなものがすぐに見つかった。この事実を,上記の緒先生方はどうお考えなのだろうか。

今日の治療指針2004年 1199ページ
ODT療法(occlusive dressing technique): 副腎皮質ステロイド軟膏またはクリームを外用した後,サランラップで覆って密封する治療法。

MINOR TEXTBOOK 皮膚科学第6版 金芳堂 97ページ
密封療法(ODT)occlusive dressing technique: 病変部にステロイド軟膏を塗布し,その上をプラスチックフィルム(サランラップなど)をあて,周囲を絆創膏で密封して・・・

100% 皮膚科国試マニュアル 改訂第3版 医学教育出版社 26ページ
ODT療法:【定義】何の事はない,病変部にステロイド外用薬を塗り,サランラップをかぶせて周囲を密封すると言う単純なもの。
【適応】乾癬,慢性湿疹


 するとよく,「褥瘡は傷だから傷にラップを直接あてるのがおかしい。皮膚科のODTは傷ではない」と反論する人がいるが,これは明かに思慮不足。ODTが行われるのは健康な皮膚でなく,「皮膚疾患」の皮膚であり,微細に観察すれば表皮が欠損していたり,真皮まで損傷されている皮膚である。決して健常な皮膚ではないのである。健常皮膚だったら,そもそも治療の必要がないはずだ。これは考えるまでもないだろう。

 もしも「ラップは医療材料でない」ことを理由に鳥谷部を非難するのであれば,「サランラップでODT」と書いてある教科書を糾弾し,安全な治療をすべきだと皮膚科学会全体を攻撃するのがスジと言うものである。皮膚科は攻撃しないが鳥谷部は攻撃するというのであれば,それは単なる弱いものいじめであり,ちょっと情けない。


 また一部の先生は,ラップ療法の追随者は宗教じみている事を理由に上げて非難しているが,ある治療が熱狂を生み出していれば,その治療はいい加減なのだろうか。治療者側を熱狂させる治療のどこが悪いのだろうか

 人はなぜその治療に熱狂するか。そこに感動があるからだ。それまで見たことがないほど創がきれいになり,早く治る様を自分の目で見たからその治療を支持し,その治療を他の人にも教えたくなるのだ。人を熱狂させる治療とはそういう力を持った治療である。実に単純である。
 逆に熱狂させない治療と言うのは皆がやっている治療であり,要するに二番煎じの治療である。だから誰も熱狂しないし,積極的に支持もしない。そして治療をしていても感動がない。

 日常診療をしていて感動を覚えた事がない医者は不幸だと思う。熱狂的に支持したい治療に出会ったことがない看護師は可哀想である。自分がしている治療に感動した事がない彼らの日々の診療風景は恐らく,砂を噛むように味気ないものではないだろうか。


 かのリスターを思いだしてみよう。彼を支持したのは,彼の治療を実践してその威力を目の当たりにした小数の支持者だけだったはずだ。そして周囲にいるのは,「傷が化膿するのは治るための正常な過程」という昔ながらの理論を信じている医者ばかりだ。彼らから見れば「傷を化膿させない治療」は異端の治療であり,認める事ができない治療である。

 そういう中でリスターの支持者達はどうなるだろうか。結束するしかなくなるし,外圧が強ければ強いほどその結束は固くなり,その様子を反対者が見れば「宗教がかっている」ように見えるだろう。科学の歴史にはこのような「熱狂」が他にも見つかるはずだ。

 要するに,自分でラップ療法をしてみた人間は熱狂し,自分でその治療をしたことがない人間はタテマエだけで否定する。批判するなら自分でやってみてからにしたほうがいいと思う。食べてもいない料理の味を批評するのは差し控えるべきだろう。


 また,この特集タイトルのひどさも特筆ものだ。『「褥瘡のラップ療法」悪い? いい?』である。ちなみに私がいただいた執筆依頼書には「特集タイトル 褥瘡のラップ療法,いいの? 悪いの?」とあった。日本語としては「いい? 悪い?」が普通の語順であり,極めて常識的だ。そのタイトルの語順が,執筆者に断りもなくひっくり返ったのである。これは明らかに意図的なものだろう。圧力なんだろうか,それとも自主規制なんだろうか。少なくとも,執筆者に一言断るのが礼儀というものだろうと思う。極めて不愉快である。

 常識的な日本語感覚があれば,「悪い? いい?」とはならないだろうし,まともな編集者なら,こういう「非日本語的」タイトルを書き直させるはずだ。これに気がつかなかったとすれば,日本語に鈍感である。

(2005/01/28)

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