動物咬傷と創感染


 動物咬傷は高率に感染するというのが常識だが,どうもそうでない場合が結構ある。傷が大きいから感染するかといえばそうでもなく,小さな傷でも感染する傷は感染する。その違いについて,何とか自分なりに説明することができたので,勝手に発表してしまおう。


 まず,動物咬傷の傷は二つのパターンに分かれる。一つは「垂直型(刺創型)」,もう一つは「水平型(皮膚欠損型)」である。前者は歯(牙)が入った傷で,創の入り口は小さいが奥が深く,後者は組織を噛み取られて皮膚軟部組織欠損になったものだ。要するに,刺し傷か組織欠損かの違いである。
 具体的な例で言うとこうなる。

垂直型の傷 垂直型の模式図

水平型の傷
前腕の5×5cmの皮膚全層欠損で
一部,ステープラーで縫合されている
水平型の模式図


 前者(垂直型)は圧倒的に感染が多く,初期に適切な処置をしないとほぼ確実に化膿する。一方,後者(水平型)は完全密封さえしなければ,感染することはあまりない。両者の違いがどこにあるかというと,「感染源となるものがあるかないか」である。


 垂直型では歯や牙が皮膚・皮下組織を貫くため,歯(牙)を抜いたあとは細長いトンネルになる。このトンネルはすぐにリンパ液や血液などの液体で満たされるはずだ(組織が破壊されているから当たり前)。歯(牙)表面の口腔内常在菌が,この溜まった液体に触れて,感染するのだろうと思う。
 このような「腔に溜まった液体」は正常な循環から切り離されているため,一旦感染が起きてしまうと,抗生剤を投与しても届かないし(抗生剤は血液を介して運ばれるから当たり前),貪食細胞も入り込むことはできない。だからこのような「垂直型咬傷」ではいくら抗生物質を投与しても感染は防げないのである。さらに,このような咬傷を縫合したりテーピングするとより高率に感染するが,その理由は,溜まった液体が全く外に出られなくなって,より確実に感染が起きてしまうためだろう。

 以前,動物咬傷のドレナージとして,ナイロン糸によるドレナージ法を紹介したが,この方法にしてから化膿する動物咬傷が激減したが,ドレナージによって「トンネル内に溜まった液体」が外に運び出されたためだろう。
 このドレナージによって,創内に入り込んだ細菌が全て外に排出されるとは考えられないから,やはり感染源としての「溜まった液体」の存在が,創感染の最大の原因だろうと思う。

 ちなみに,刃物などによる刺創(これも「垂直型」になる)では感染予防をどうするかであるが,現実的にこのような刺創での感染発生率はそれほど高くないことから,「鋭い刃物が瞬間的に皮膚を通過したくらいでは,細菌は深部にもたらされていない」という推論が成り立つ。

 となると,「古い釘を踏み抜いた」場合はどうなるかである。これは,古い釘の表面に実際にどのくらいの細菌がいるのか,さび付いていかにも「汚く」見えている釘が,本当に細菌で汚染されているのか,感染起炎菌が釘表面にいるのか,を調べれば決着がつくだろう。要するに,細菌で汚染されている確率で,その後の創感染の発生率が決まるという,割合単純な世界だと思う。


 水平型はどうか。この場合も創面には液体が溜まるはずだから,創面をハイドロコロイドやフィルム材で完全閉鎖してしまうと,やはり確実に化膿するだろう。だが,上記の写真のような症例でも,アルギン酸やポリウレタンフォームのような吸収力の強い被覆材で覆うと,たとえその表面をフィルム材で密封ししても化膿することは極めてまれである。私はこれまで,このようなタイプの動物咬傷をかなり治療してきたが,「局麻をして創面を適当に洗い,止血をかねてアルギン酸を当て,表面をフィルムで密封し,翌日の診察時までそのまま」という方法で感染した例はまだない。

 この場合も恐らく,創表面の液体(=感染源)の吸収が感染予防に効果があるのではないかと思われる。

 また,創面の洗浄は軽く行う程度であり,ブラッシングもしたりしなかったりでの成績だから,創面の細菌数自体は感染成立にあまり関与していないのではないかと推論できる。したがって,「垂直型」であっても創内を洗浄する必要はほとんどないと考えている。


 動物咬傷といえども,「細菌が創面にいること」は感染成立に重要でなく,「細菌がいる創面に感染源(この場合は血液やリンパ液)があること」が,創感染成立の本質なのだろう。またこのように考えることで,動物咬傷で抗生剤を投与しても化膿してしまう理由,小さな傷でも化膿する理由,縫合すると化膿する理由を一元的に説明できそうだ。

 そして何より,「口の中は汚いから噛まれると化膿するのだ」というような「大雑把な理由付け」をしないで済むのは精神衛生上,非常に気持ちがいいし,すっきりする。

(2005/01/18)