ヨーロッパでの感染症学会に参加した先生から面白い話を聞いた。何でも,MRSA感染予防対策についてのセッションでアメリカの研究者とヨーロッパの研究者で,全く話が噛み合っていなかった,というのだ。
アメリカの研究者は「MRSAは環境(医者や看護師の手,病室のカーテンや床,医療器具,空気など)からやってくるので,これらをシャットアウトするのが感染予防になる」と主張し,ヨーロッパの研究者たちは「MRSAの一部は患者の皮膚からきたものだから,環境をいくらきれいにしても感染予防としては限界がある」と発表し,両者は全く歩み寄れなかったそうだ。シンポジスト同士の討論のときに,あまりのアメリカ人の頑固さに呆れ果てたヨーロッパの研究者は,「それではあなたは,空中にMRSAがいて空から降り注いでくるとでも思っているのか?」と質問したらしいが,アメリカの専門家は「その通りだ」と答えたという。
ここで気がつく人は気がついたと思うが,このアメリカ人研究者の考え方はCDCの思想そのものであり,手術部位感染(SSI)対策もCDCを根拠にしているから,全く同じ考え方である。
もちろん私はヨーロッパの方が正しく,アメリカの方が間違っていると考えているが,日本の大多数の感染対策の専門家はアメリカの考え(=CDC)を盲信しているのはご存知の通り。「天からMRSAが降ってくる? バカ言っちゃいけないよね」というのが当たり前だと思うが,なぜか感染症の専門家の先生方には,病原菌は空から降ってくる,そこらにバイキンがウヨウヨしているから消毒をしっかりとしなきゃ,というアメリカの発想を金科玉条の如く信じていらっしゃる人が少なくないようである。
それは置いとくとしても,上記のアメリカとヨーロッパの思想の違い,何かに似ていませんか? そうです,アメリカの「戦争と平和」に関する考えと同じだ。
先般のイラク戦争を見てもわかる通り,この戦争でのアメリカの論理は「敵は外からだけやってくるから,外の敵を殲滅すれば国は安全になる」と言うものだと思う。外側の敵とは対話なんてできないから,敵方と話し合うなんてもってのほか,妥協なんて言葉すら出てこない。
そして,敵は徹底的に潰さなければいけない存在である。悪を潰すのが神の御心にかなう行為である。
健康についても同じで,体の内と外を完全に区別し,内側は正しくて外側は間違い,内側は健康なのに健康を害するものは外からやってくる,という思想である。
この思想が,上記の感染症学会で発表したアメリカ人研究家個人の思考の嗜癖なら害はないが,CDCのガイドラインを通読する限り,この傾向はアメリカに一般的なものではないかという気がしてならないのである。
だから感染症について考える場合も,とにかく体の外側に原因を求め,外界にある脅威(病原菌)を排除すればいいと考え,外からやってくる脅威を前もって全滅させれば感染は起こらないだろう,自分が手の触れるものは全て前もって滅菌しておこう,と,その方向だけの対策を考える。
そして,それでも感染を完全に減らせない場合は,「外にだけ敵がいるという発想は,もしかしたら間違っているんじゃないだろうか」とは考えずに,「これだけやってもまだ感染するのか。それはまだ外の病原菌を殺し足りないためだ。外から入る病原菌をどこかで見逃しているためだ」としか考えない。
要するに,自分の考えは信じて疑わない,という姿勢だな。
今回のアメリカ−イラク戦争もこういう意識が働いているんじゃないだろうか。以前からアメリカでは,物事を善悪で判断したがる傾向,白黒はっきりつけないと気が済まない傾向,白黒をはっきりした方が格好いいと好まれる傾向がある事は指摘されてきたが(要するに子供っぽい判断が好きなんだな),科学研究でもそれが発揮されているとしたら,CDCの研究の偏った方向性も全てうまく説明がつきそうだ。
これまで,CDCガイドラインの自己矛盾,そしてそういうガイドラインを神の啓示の如く信奉・盲信する日本の専門家の危うさについてたびたび指摘してきたが,ますますその感を強くした。
(2004/12/27)