【消毒剤は有機物(病原体や生体細胞の区別なく)と接触すると直ちに化学反応する薬剤である。このため,生体に用いる際は細胞毒性を生じないよう短時間の使用にとどめる必要がある。また,消毒剤は接触した表面でしか反応できないため,組織内で増殖している病原体に効果は期待できない。】785ページ

 前の文章と並んで,もう一つの凄い文章がこれだ。自己否定といったらいいのか,自爆テロといったらいいのか,とにかく論理がムチャクチャである。

 まず,この文章前半をまとめると,「消毒薬は病原体だろうと人体だろうと無差別攻撃する」→「だから生体(傷口)への接触は短い時間にとどめなさい」ということになる。もっともらしいが,ここでは「短時間の接触で細菌は死ぬけど,人体には悪影響はない」という証明が抜けている。
 ご存知のように,消毒薬で死なない細菌は沢山いるが(ヨードホール製剤が細菌で汚染されると言う文章が前にあったことを思い出そう),消毒薬で死なない人体細胞はない。これはちょっと実験すればすぐにわかる普遍的事実である。
 つまり,生物学的・化学的には,短時間の消毒薬の使用では人体には害がないかもしれないが,病原菌は死なない,と言う結論しか出てこない。なら,消毒なんて止めちゃおう,というのが科学というものだろう。
 後半の〔消毒剤は接触した表面でしか反応できないため,組織内で増殖している病原体に効果は期待できない〕というのは非常によい文章である。これを読むと,「ちょっとでも深部に侵入した細菌には消毒薬は効かないよ」ということになる。ってことは,化膿している傷には消毒薬は効いてないんじゃないの?

 ちなみにこの一文が後々,この論文自体の首を閉める事になるのだから面白い。


【病原体が創傷部位に定着していても,創傷治癒過程への影響は少ない。しかし,創傷部位に組織内に病原体が侵入・増殖し,宿主の反応(発赤,疼痛,発熱,腫脹,浮腫,浸出液等)が起きている状態(感染創)は,感染をコントロールしないと創傷は治癒できない。したがって,創傷部位が感染創の場合や,創傷部位が病原体により汚染を受けた可能性がある新鮮外傷のばあいは,創傷処置時に消毒剤を使用する。】785ページ

 論理に矛盾のある文章を読むのは苦痛である。特にこういう無茶な論理の文章を読むと頭が痛くなる。何かいろいろ書いているが,まとめると次のようになると思うが,どうだろうか。非論理的文章をまとめるのが苦手なもんで・・・。

 「創に病原体が定着(Colonizationのことだろう)していても創傷治癒には影響しない。しかし感染創では感染をコントロールしないと治癒しない。だから感染創の場合,創が細菌で汚染されている新鮮外傷では,創処置時に消毒する」。
 書いている人は論理の矛盾に本当に気がついていないのだろうか? まさか冗談で書いた文章じゃないよな。医者が書いた文章ですよね。

 まず前半の「細菌が定着しているだけでは創治癒を傷害しないが,感染してしまったら感染を何とかしないと傷は治らないよ」と言う部分は正しい。正しいけれど,「定着している細菌は何がきっかけで創感染を起こすのか」と言う考察がすっぽり抜け落ちている。だからその後の部分がムチャクチャになるのだ。
 そして「感染創の場合,創が細菌で汚染されている新鮮外傷では消毒を」となるが,前半の「感染創の場合は消毒が必要」と言うのは,同じページの〔消毒剤は接触した表面でしか反応できないため,組織内で増殖している病原体に効果は期待できない〕という記述と矛盾している。つまり,本論文で既に述べている「消毒薬では表面の細菌しか殺せないよ」が正しいのであれば,効果が期待できる感染創は「細菌が表面に留まっているもの」だけということになる。だったら,何も消毒薬を持ちださなくても,水道の流水で洗ってしまえば感染創の治療になりそうだ・・・表面にしか細菌がいないんだから・・・。もちろんこの場合,表面よりちょっとでも深く入った細菌には消毒は無効である事は言うまでもない。

 さらに「創が細菌で汚染されている新鮮外傷では消毒が必要」と言うのも,この段落の前半と矛盾している。だって,「創に病原体が定着していても創傷治癒には影響しない」って書いてあるんだもの。それなら,細菌がいたって感染しなければ構わないという結論になるし,細菌を消毒薬で除去するよりは「定着→感染」の過程をブロックした方が効果的ということになるはずだ。
 つまりこの文章は,「なぜ創は感染するのか? 細菌がいれば必ず感染するのか?」という視点を全く欠いているから,こんな,非論理的文章になるのだ。

 悪いことは言わないから,少なくとも論文として発表する前に,論理的な整合性はとれているか,非論理的な記述はないかくらいはチェックすべきだと思う。


【表11 生体に消毒剤を使用する際の主な留意点
通常,塗布後2〜3分たてば効果を発揮。(中略)創面(の消毒薬)は生理食塩水で洗い流す】
785ページ

 またも頭が痛くなるような文章である。同じ表(といっても5行か6行しかない小さな表だ)の中で,何でこんな矛盾した事が書けるのだろうか?
 例えば「今日は寒いから寄席鍋でも食べようぜ」と店に行ったら,店員さんが「5分くらいして沸騰してから鍋の蓋を取ってお食べください。でも30秒後に鍋はお下げいたします」って言っているようなもんだぜ。普通,頭が痛くならないか?  だって「消毒薬は塗ってから3分経過しないと殺菌力がないよ」と書いておきながら,「創面の消毒薬は(すぐに)生理食塩水で洗い落とせ」だぜ。一方が正しければ一方は間違っているんじゃない?
 墓穴堀まくりである。

(2004/10/30)

Before Next

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください