逆性石鹸は石鹸じゃない・・・のは常識だよね


逆性石鹸で洗う?

 以前から,逆性石鹸の効果を力説なさっている著明な先生がいるらしい(褥瘡学会などで有名な方です)。何でも,逆性石鹸で褥瘡周囲の皮膚を洗うと細菌が著明に減少し,その効果は24時間後も持続している,という研究データがその論拠らしい。

 何だかもっともらしいことを言っているようだが,実は本質的なところでこの先生は勘違いをなさっている。逆性石鹸は洗浄効果がないからである。今からでも遅くないから,「逆性石鹸で洗浄」なんて言うタワゴトはご自身の名誉のために撤回なさった方がいいと思う。

 ちなみに上記の「褥瘡周囲の皮膚を洗浄すると細菌が少なくなり」と言うのも意味不明だな。褥瘡周囲の皮膚の細菌を少なくしてどうするんだろう? 何でそれが褥瘡の治療につながるのだろう? 第一,褥瘡周囲の皮膚の細菌が著明に減少し,というのは極めて危ないぞ。皮膚の健康に絶対不可欠な皮膚常在菌が棲めないような環境にしているだけの話で,こういう行為は皮膚の健康を害し,ひいては感染が起こりやすい環境を作っているだけである。
 要するにこの「著名な先生」は二重の意味で間違っているわけである。このままだと恥の多重上塗りになってしまわないか,他人事ながら心配になってしまう。


逆性石鹸って何だ?

 というわけで,知っている人は知っていると思うが,逆性石鹸についての知識をまとめてみよう。まず何事も基本からである。
 まず,界面活性剤の分類は次のようになる。これを見ると逆性石鹸の位置づけがよくわかる。


  1. イオン性界面活性剤(=水に溶かした時に電離してイオンになる)
    1. 陰イオン界面活性剤
      • 石鹸
      • シャンプー
      • 合成洗剤


    2. 陽イオン界面活性剤
      • 柔軟仕上げ剤
      • リンス
      • 逆性石鹸


  2. 非イオン性界面活性剤(=イオンにならない)

 要するに,界面活性剤はイオン化するものとイオン化しないものに大きく分かれ,イオン化する界面活性剤のうち,陰イオンのものを石鹸・洗剤と呼び,陽イオンのものに逆性石鹸が含まれるという訳だ。
 ちなみに,なぜ「逆性石鹸」と言う名前がついたかというと,「石鹸の逆のイオンだから」というだけの理由であり,その意味では「反石鹸」とか「非石鹸」という名前でもよかったと思う。なまじ「逆性の石鹸」と言う意味に取られかねない名前をつけちゃったから,「逆性石鹸で洗いましょう」のような混乱が生じるのだ。ま,名前に騙されるほうが悪いといえば悪いけどさ・・・。


 さて,「陽イオン界面活性剤」の代表選手がリンスと柔軟仕上げ剤(ハミ○グとかだな)と逆性石鹸だ。
 なぜシャンプーをした後にリンスをするのか(私は面倒なんでしないけど),洗濯石鹸で洗濯した後に柔軟仕上げ剤が必要かというと,シャンプーしたままの髪や洗濯した後の衣類の表面はマイナスに帯電しているため,櫛の通りは悪いし,衣類はゴワゴワした感じになってしまうからだ。それじゃ気持ちが悪いので,リンスや柔軟仕上げ剤の登場となる。これらはプラス荷電を持っているからマイナスに帯電している固体表面に強く吸着し,柔軟性とか帯電防止とかの効果を発揮するのだ。

 じゃあ,最初からシャンプーしないでリンスすればいいんじゃないの,と考えそうだが,これは駄目。リンスや柔軟仕上げ剤には汚れを落とす効果(洗浄効果)がないのである。だから,髪が汚れていたらまずシャンプーで汚れを落とし,その後にリンスをして髪をしっとりさせるわけだ。

 これは逆性石鹸も同様で,逆性石鹸には洗浄効果は存在しない。逆性石鹸で洗って汚れを落とそうとしてもそれは無理な話だ。柔軟仕上げ剤で洗っても衣類の汚れは落ちないのと同じだよ。


 じゃあ,逆性石鹸とは何かというと殺菌剤である。なぜ殺菌力を持つかというと,「マイナスに帯電している固体表面に強固に固着する」からだ。細菌の表面はマイナスに帯電している事が多いので,細菌に強固に張りつき,細菌を破壊してしまうのだ。
 ちなみに,抗菌グッズや殺菌効果をうたった商品は銀や銅などを含んでいるが,これはもちろん,金属が電離して陽イオンになり細菌に取りつくから抗菌力を発揮するのだ。

 更に付け加えると,この「陽イオン界面活性剤」は極めて強力な蛋白質変性作用を持っているため,RNAの抽出に使われている事でも知られている。要するに,猛烈な生体毒性を持っているのである。

 これで,前述の偉い先生の「逆性石鹸で褥瘡周囲の皮膚を洗うと細菌数が著明に減少し」と言う意味がわかったと思う。それは決して洗浄による効果ではなく,正常の皮膚常在菌創を破壊し,ついでに皮膚そのものを破壊していただけの事である。まさに,感染を起こすために逆性石鹸で「洗浄」なさっているのである。


塩化ベンザルコニウムについてのおさらい

 さて,医療現場で逆性石鹸といえば,塩化ベンザルコニウム(オスバンなど)である。こいつについての知識をまとめると,

  1. 原則的には「非生体用」の消毒薬である
  2. 一般に家具や床などのノンクリティカルな環境の消毒に用いる。
  3. 皮膚粘膜に対する刺激性がなく,臭気もないので,日本では粘膜などの消毒に使われる事もある。
  4. 細菌に汚染されやすいので,アメリカでは生体消毒に使わないようにと勧告が出ている。
  5. 細菌汚染された逆性石鹸(塩化ベンザルコニウム)を膀胱鏡や心臓カテーテルの消毒に使用し,感染症を起こしたという報告は少なくない。

 なぜ,逆性石鹸は細菌で汚染されやすいのだろうか。ここまでの説明を理解できたなら,ピンと来るはずだ。逆性石鹸はマイナスに帯電している物質を見たらまっしぐらにこいつらに取り付き,容易なことでは剥がれてくれないという性質を持っているからだ。生体でマイナスに帯電しているものといえば蛋白質だ。要するに,逆性石鹸の中に垢とかフケとかが入ったら,まずそいつにくっついてしまうため,殺菌力を失い,細菌が繁殖するだけの話。

 もしもあなたの病院の処置マニュアル,治療マニュアルに「逆性石鹸」という文字が含まれていたら,果たしてその使用が意味のあるものなのか,何のために使っているのかをもう一度考え直して欲しい。そして判断に迷ったら,上記の5項目を読み直せば自分で判断が下せるはずだ。

(2004/10/19)

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