「患者様」って・・・


 最初に断っておくが,以下の小文は私個人の感想を述べたものであり,私が勤務している病院の方針とは全く無関係である。以下の文に反感を持ったからといって,病院に抗議してもだめだよ。


全国どこでも「患者様」

 2年くらい前からだろうか,どこの病院に行っても「患者様」と患者さんを呼ぶようになった。待合室で呼び出される時にも「○○さん」ではなく「○○様」である。多分,「○○さん」「患者さん」と呼ぶ病院はもう絶滅したんじゃないだろうか。

 だけど,この「患者様」という言い方,なんか気色悪いというか,居心地が悪いのである。


学校で「生徒様」と呼べばいいのか

 もしも小学校や中学校,高校や大学で「生徒様」「学生様」と呼ぶようになったらどうだろうか。気持ち悪いと感じないだろうか,嘘っぽいと感じないだろうか。あなたは「生徒様」「学生様」と呼んでくれる学校にいきたいだろうか。「生徒様」と呼ばれて,ケツのあたりが痒くなってこないだろうか。ウザったくないだろうか,キモくないだろうか。

 「生徒様」「学生様」という呼び方が偽善的に聞こえるのは,教師と生徒(学生)にある「教える,教えられる」という関係が一方通行であり固定されているからだ。この関係は,呼び名によって変わるわけでない。つまり,とりあえず呼び方だけ変えましたよ,という姿勢がミエミエだから呼ばれている方はキモいのである。

 少子化時代の学校の生き残り戦略として,生徒を「生徒様」と呼びたくなるのは判るのが,「生徒様」と呼ぶからその学校を選ぶやつなんて一人もいないのである。

 要するに,わかるまで教えてくれる学校がいい学校であり,「生徒様」と生徒を呼んでくれても碌に教えてくれない学校はよい学校ではないのである。


「患者様」と呼ぶようになって何か変わったのか

 これは「患者‐医師」関係においても同様だと思う。治療法の選択にしても,実際の治療の実戦にしても,「医療者側→患者」の一方通行しかないのが現実である。

 「患者様」と呼ばれるようになって,患者様が医者に治療法を提言できるようになっただろうか。あなた(=患者様)の訴えをきちんと聞き,きちんと治療について説明してくれるようになっただろうか。
 多分,「患者様」以前からきちんと説明していた医者は「患者様」以後でも説明してくれていると思うし,「患者様」以前に患者の訴えを聞いていなかった医者は「患者様」以後でも聞いていないと思う。

 例えば,このサイトで「傷は消毒しちゃ駄目,乾かしちゃ駄目」ということを学んだとしても,怪我をして受診した病院で,目の前の医者に「消毒しないで下さい,ガーゼをあてないで下さい。それは創傷治癒を阻害します」と言えるだろうか。多分,無理だと思う。言ったとしても相手にされないか,「消毒しないで化膿したらどうする。お前が敗血症になっても知らんぞ」と一喝されるのが関の山だろう。現実に多いのは,この「恫喝タイプ」の医師である。


病院で「患者様」と呼ぶのは,デパートで「お客様」と呼ぶのと違っている

 「医療と言えどもサービス業,顧客あっての商売だ,だから他のサービス業同様にお客様,患者様と呼ぼう」という発想は悪くないし,本来そうすべきだと思う。だが,本質的なところで,病院の患者はデパートやホテルの「お客様」とは異なっている。

 デパートでは接客態度は重要なファクターだ。接客がなっていなければ客が逃げてしまうからだ。その商品を買うかどうかは客次第であり,主導権は客にある。他の店にも行けるし,買わないという選択肢もある。だからこれらの業界では心の底から「お客様」と呼んでいる(はずだ)

 しかし,病院はそうではない。その地域に病院が複数あっても患者には選択の自由はほとんどないからだ。これがもし急性上気道炎や腰痛なら,接客態度が悪いと別の病院に行く事は可能だろうが,特殊な病気や専門的知識がないと扱えないような病気では,よほどの大都会でもない限りその病院にいくしかない。骨折で腕がぶらぶらになっていたら,とりあえずその病院で何とかしてほしい。つまり患者側に選択の余地はない。

 まして田舎だったら,その病院以外にいくところはない。嫌だからと言って2時間も3時間もかけて隣の市の病院に行くわけにはいかないのである。傷を消毒されても文句もいえず,その医者の治療を受けるしか選択肢はないのだ。

 要するに,力関係では圧倒的に医療者側が強く,患者は圧倒的弱者である。医者が嫌でも「こんなところに二度と来てやるもんか」と言えないのが患者である。だって,他に病院がないんだもの。


「患者様」にふさわしい扱いをしているのか

 要は呼び方なんてどうだっていいのである。実態が変わるならいざしらず,実態が変わらないのに呼び名だけ変えたって,何の役にも立たない。奴隷を「奴隷様」と呼んだって,奴隷である事は変わらないように,「患者さん」を「患者様」と呼んだところで現状に変化はないのである。

 現在の医療現場の問題は患者さんを「患者様」と呼ばない事にあるのでなく,医師が患者さんに十分に病気や治療について説明していない事にあるのだ。その治療の必要性,妥当性について全く説明されずに治療法が決まり,治療が始まってしまう事に問題があるのだ。

 私が患者だったら,患者様と呼ばれなくてもいいから,もっと丁寧に病気の説明をして欲しいし,こちらの希望も受けいれて欲しいと思う。入院治療が必要なら,治療上に必要のない制限ができるだけ少ない方がいいし,何でも話せる医者の方がいい。外来で待たされるのはしょうがないから,なぜ待たされているのか,あとどのくらい待たされるのかをきちんと説明してくれる病院の方がいい。

 要するに,フランクに話せる〔医師‐患者関係〕があれば,呼び方なんて「ちゃん」でも「さん」でもいいと思う。「様」付けして呼んでくれても聞く耳持たぬ医者よりは,よほどましである。

(2004/08/30)

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