私は以前,坐骨結節褥瘡に対しては積極的に手術を行ってきた。坐骨結節褥瘡は車椅子生活をする人にしかできないし,その褥瘡さえ治せば元の社会生活に戻れるからであり,それが正しい治療だと考えていたからだ。もちろんこれが,褥瘡治療の「定説」だった。
しかし,坐骨結節褥瘡の一人の青年の治療を通じて,この「定説」に疑問を持つようになった。そしてそれは,鳥谷部先生と出会うことで確信となった。
この青年は何より車が大好きで,運転が大好きだ。そして免許を取って1ヶ月目で事故を起こし,脊損患者となり車椅子生活となった。そして両側坐骨結節褥瘡を作ってしまった。
私はまず最初は,両側ともにHamstring筋皮弁術で再建した。ちょっと瘻孔を作ったりしたが術後の経過は順調でほどなく退院となった。
ところが数ヶ月もしないうちに高熱をだして受診。手術部位を見ると膿瘍形成があり,切開排膿を行った。つまり褥瘡再発である。彼に聞いてみると,最初は長時間の座位を避けていたが,どうしても東京まで行きたくなり,片道6時間をノンストップで走ったらしい。それじゃ再発するのは当然である。
再入院となり,大腿筋膜張筋皮弁で再建。傷が塞がり,今度こそ褥瘡を作るんじゃないよ,としっかりと指導した上で退院。
ところがどうしても車に乗らなければ生活できないし,車に乗れば面白いからどうしても乗り過ぎちゃう。そんなわけで,数ヶ月もしないうちに再度再発。こういう事を何度も繰り返し,彼には何度手術した事だろうか。何種類の皮弁形成をしたんだろうか。標準的な術式は全て行ったと記憶している。私は彼に,いろいろな手術を教えて貰ったようなものだ。
当時,形成外科では「褥瘡形成術で,どの皮弁(筋皮弁)が最も再発率が少ないか」という論文や発表が多数出されていた。しかし,私はこの症例から,どんなに素晴らしい皮弁術,再発が少ないとされる筋皮弁術をしたところで,患者が気を付けてくれなければ必ず再発してしまう,と言う事を教えてもらった。
要するに,手術や皮弁の種類を論じても意味がないのだ。患者が褥瘡を作ろうと思えば,どんな血流のよい筋皮弁にだって褥瘡を作れるのだ。これは,自傷や自殺を医学で防げないのと同じだ。
現在当院では,坐骨結節褥瘡患者に「荷造り用テープを張った紙オムツ」をはいてもらっている(詳しい方法は下記の鳥谷部先生の著書をご覧いただきたい)。これで「褥瘡を再発させないように生活できる人」なら褥瘡は治ってしまうし,「いくら手術しても褥瘡を再発させてしまう人」もそれ以上褥瘡を悪化させずに生活できるようになる。また,坐骨結節褥瘡の治療をしながら日常生活も普通に送れるようになる。
私は,あらゆる褥瘡に対する手術に対し,非常に懐疑的である。
「褥瘡があると通常の生活が送れない,通常の生活が制限される」と考えるのでなく,「褥瘡があっても通常の生活が送れる」と考えた方が,患者も医療者側も幸せなんじゃないだろうか。重要なことは,褥瘡をうまくコントロールしながら普通に生活する術(すべ)を見つけることではないだろうか。
(2004/08/18)