救急・集中治療 Vol.16 No.6 2004,が「症例とQ&Aで学ぶ最新の熱傷診療」という特集号を出している。熱傷の最新の知見をまとめたものらしい。どれほどすばらしいことが書いてあるのかと期待して読んでみたが,どうも変なところがある。特に,局所治療の部分(p.671-678)と感染症対策を取り上げた部分(p.679-684)には同意できない事ばかり書いている。
もちろん,これを執筆された先生は熱傷の専門家だろうし,多数の教科書,論文を読まれた上で書かれたものだと思う。一方私は,論文も教科書も適当にしか読んでいないし,学会に出た事すらないチンピラ医者である。
だが,自分で治療した症例だけは徹底的に観察してきたつもりだし,創の変化の様子は克明に見てきたつもりだ。その結果として,従来からの熱傷の局所治療法,感染対策は全て間違っていたと確信するに至った。
私は熱傷の教科書なんて信じていないが,自分が治療した患者は信じている。自分で治療した患者から教えてもらったことを武器に,この「熱傷特集号」を批評してみようと思う。
なお,以下の部分は「質問」→「それに対する回答部分」→「その回答に対する批判」となっている。
熱傷創の深化とはどういうことでしょうか?
「熱傷創はその他の創傷とは異なり,容易に悪化してしまいます。浅達性U度熱傷創(SDB)が深達性U度熱傷(DDB)に,あるいはDDBがV度熱傷創に悪化する事をいいます。原因としては感染,血流障害,創部の非湿潤環境(乾燥傾向)が挙げられます。」こういう解釈が一般的だと思うが,明らかに間違っている。熱傷創が深くなる唯一の原因は創を乾燥させた事であり,感染で深くなる事は絶対にないからだ。感染は,乾燥して壊死した組織が感染源になっている場合に起こるものであり,決して感染が先行するわけではないのである。
感染の予防・治療にはどのような方法がありますか?
「予防には抗菌剤を含有した外用剤,創部を密封する被覆材,超早期手術,air betの使用などが挙げられます。治療も同じですが,ゲーベンクリームによる化学的デブリードマン,hydrotherapyなどを挙げることができます。」果たして,抗菌剤含有軟膏で感染予防ができるものだろうか。抗生剤含有軟膏は確かに抗生剤は含んでいるだろうが,殺菌・静菌に必要な濃度を保っているのだろうか。あんなに浸出液が出ているのに,抗菌剤の濃度が保たれる事はあるのだろうか。
創部は湿潤(閉鎖)させる方がいいですか? 乾燥(開放)させる方がいいですか?
「原則的には湿潤環境におく方が,創傷治療は良好です。乾燥傾向にすると,たいていの熱傷創は深化してしまいます。しかし感染を合併してくると話は違ってきます。湿潤環境では細菌の繁殖も旺盛であり,逆に乾燥させると繁殖を抑える事ができます。どちらを優先させるか,天秤ばかりにかけるように,症例ごとによく考えなければなりません。広範囲熱傷ではair bedを用いる事が多く,これは創傷治癒からいれば悪影響を及ぼしています。浸出液の多い初期には創部の深化は見られませんが,浸出液の減る4日目頃から深化が本格的に始まります。しかしこの頃より感染が成立してくる事も事実です。」「湿潤環境では細菌の繁殖も旺盛,乾燥させると繁殖を抑える事ができる。どちらを優先させるか,症例ごとによく考えなければなりません」というのはどういう事を言っているのだろうか。どうしろと言っているのだろうか。なぜ,このような奥歯に物が挟まったような言い方をするのだろうか。これは何も言っていないのと同じである。
外用剤の種類と使い分けについて教えてください。
「外用剤は,イソジン液やヒビテン液で創面を消毒後,直接塗布します。・・・抗菌力が強いゲーベンクリームは,化学的デブリードマンを必要とするようなDDB以深の創に対して有効であり,SDBのような軽症熱傷には逆に禁忌です。・・・最近の製品の中では,線維芽細胞増殖因子であるフィブラストスプレーの効果が突出しています。表皮再生効果もかなり高く,難治化する症例に有効です。」まず,「イソジン液やヒビテン液で創面を消毒」というあたりで,この著者は判ってないなぁ,と思いませんか? 既にこの時点で時代遅れである。
被覆材について教えてください。
「complete sealingにはデュオアクティブET,ニュージェル,ハイドロサイトなど,semi-sealingのものにはガーゼ,ソフラチュール,アダプティック,ベスキチン,各種フィルムドレッシング材がある」「complete sealingは創部を密閉するため保水性が高く,乾燥の影響を受けにくいのですが,感染があると内部で重症化しやすい欠点があります。semi-sealinはそのメリットもデメリットも少ないといえます。」最も珍妙なのがこの個所。書かれた先生は被覆材についてご存知なのだろうか。何しろガーゼとかアダプティックのような「創面乾燥材料」を被覆材に含めているのだ。大昔ならいざ知らず,現在ではこのような材料を「被覆材」とは呼ばないはずである。
hydrotherapyとは何でしょうか?
「シャワー浴や薬浴の事です。・・・受傷から日数の経った創部に水分を補給する事で,肉芽組織の形成がよくなり,結果的に治癒が早まるという効果があります。」薬浴は必要ないが(消毒薬そのものが不要だから),まぁそれは些細な問題である。問題は「水分を補給する事で肉芽組織形成がよくなり」という部分。これは真っ赤な嘘だ。常識的に考えれば判るが,シャワーの水はすぐに流れてしまい,創面に留まることはなく,「水分の補給」にはならないのである。水をかけただけで水分補給になるのは庭の草木くらいのものだろう。
熱傷患者に対する抗菌薬の予防的投与について教えてください。
「・・・熱傷患者に対する抗菌薬の予防的投与に関しては,欧米では否定的な意見が多く,米国では小児の広範囲熱傷以外は予防的投与を行わない施設が多くを占めます。我が国では,広範囲熱傷の易感染性を根拠として,体表面の20%を超える熱傷患者に感染予防目的で全身的化学療法を行う事はコンセンサスとなっており,多くの施設で予防的投与が行われていますが,MRSAと多剤耐性緑膿菌などの耐性菌出現が大きな問題となっています。」私は欧米の治療が全部正しいとは思っていないが,この抗生剤の投与法については,欧米が正しく,日本のコンセンサスの方が間違っていると思う。「易感染性にあるから抗生剤の予防的投与が必要」というのはムチャクチャな論理だと思うし,これが日本の熱傷治療業界の常識なのだとすると,世界の医学常識から逸脱しているし,これが熱傷学会お墨付きの抗生剤の使い方だとすれば,レベルが低い学会ではないかと思う。
熱傷創への抗菌薬の使用について教えてください
「浅達性U度熱傷では,水疱が破れていない場合には基本的に抗菌薬は不要ですが,毛根などの皮膚常在細菌叢が感染を起こす事があるので,我々は熱傷局所にBC/FRM含有軟膏を使用しています。」「水疱が破れていない場合には基本的に抗菌薬は不要」というのと「毛根などの皮膚常在細菌叢が感染を起こす事があるので,BC/FRM含有軟膏を使用」というのって,完全に論理が矛盾してますよね。要するにこの著者は,脳みそでは「本当は抗菌薬は不要」と理解しているんだけど,感情的に「でも,何となく感染が起こりそうな気がする」と考えているわけだ。本音と建前ってやつね。
(2004/08/02)