褥瘡治療と患者さんの笑顔


 褥瘡患者の治療をしていて,褥瘡が治るとやはり嬉しい。治療してきた医師・看護師も嬉しいし,患者に付き添っている家族もやはり嬉しそうだ。
 だが,その場でただ一人,嬉しがっていない人がいる。もちろん,患者さん御本人である。「床ずれが治りましたよ。良かったですね」と耳元で大声で伝えても,患者さんの表情は変わらない。
 当然と言えば当然であるが,どこかおかしくないだろうか。治療というのは本来,患者のためにするものではななかったろうか。患者の喜びのために治療しているのではないだろうか。患者の喜ぶ顔が見たくて,私達は毎日治療しているのではないだろうか。
 この話が極端だというのなら,前述の「寝たきり患者の胃癌」を考えるべきだろう。寝たきりで意識のない高齢者に胃癌根治術を行い,患者の耳元で「胃癌が治ってよかったですね。これで長生きできますね」とあなたは言えるだろうか。
 胃癌と褥瘡は話が違う,というのなら,胃癌と褥瘡のどこに違いはあるのだろうか。寝たきりで意識のない患者本人は,褥瘡でも白内障でも腎不全でも胃癌でも「苦しんでいる」わけではないのである。
 胃癌治療は侵襲的だからしてはいけないが,褥瘡治療ははるかに侵襲度が低いからしてもいい,という意見もあるだろうが,それならあらゆる侵襲的治療(褥瘡創面の消毒,ポケットの切開などの観血的処置,ゲーベンクリームのような組織傷害性のある薬剤の使用)の全てを止めるべきだろう。

(2004/07/23)