胸骨正中切開縫合創離開の治療
心臓外科では胸骨正中切開がよく行われる。何もトラブルが起こらなければいいが,時々,手術創が開くことがある。この場合,極めて難治性というか,治療に難渋するというか,どうしたらいいか途方に暮れるはずである。
ここでは,静脈移植による冠動脈バイパス手術後に,胸部正中創が離開した例の治療を供覧し,治療法を提案する。
症例:50代後半の男性。糖尿病と糖尿病性腎不全があり,週3回の人工透析を受けていたが,心筋梗塞を発症し,冠動脈への静脈移植術を受けた。
術後,縫合創が離開し,主治医が治療を行ったが治癒せず,手術から3ヵ月後,当科紹介となった。
- 初診時の状態。胸骨全長にわたり創離開を認める。ゾンデで探ると6センチ以上の深さであった。
創尾側は肉芽が盛り上がっているように見えるが,それは表面だけで,肉芽の下には大きなポケット形成があった。
胸部外科から相談を受けた時点で,胸骨を縫合しているワイヤーは全て除去するようにアドバイスし,局所麻酔下に抜去されているが,胸骨は全く癒合していなかった。このため,左右に分かれた胸骨は呼吸するたびに大きく開くようになってしまったが,これに対してはバストバンド装着で対応した。
- この症例に対し,シャワー浴,入浴をするように指示し,絶対に消毒しないこととし,創面は「食品包装用フィルムで覆った。薬剤,軟膏,創面へのドレナージガーゼ挿入は全くしていない。フィルム表面は紙おむつで覆うのみとした。
- しかし,創周囲に痒みを訴えたため,ポリウレタンフォームの被覆に切り替えた。この時点では恐らく,「ラップなしの紙おむつ直接貼付」だけでもよかったかもしれない。
- 初診27日目の状態。創の頭側にワイヤーが残っていて,ここで感染していたため,ワイヤーを抜去した。尾側のポケットは埋まり,上皮化が始まっていることが判る。
- 35日目の状態。さらに尾側から創上皮化が進行しているのがわかる。
- 53日目の状態。頭側のポケットも肉芽で埋まってきた。
ちなみに,ここでデジカメの機種を変えたため(カシオからキヤノンへ),皮膚色が違っているが,気が付かないフリをして見て欲しい。
- 76日目の状態。ポケットはどんどん浅くなり(この時点で最深部は3センチ弱),肉芽でくっついた部分は上皮化が進行している。このまま治るかと思っていたが・・・。
- 89日目の状態。突如,全身状態が悪化し,それに伴って尾側の部分に膿瘍形成し,切開排膿を余儀なくされた。ここで骨が露出したが,骨切除などは行わず,創の閉鎖だけを続けた。
- 109日目の状態。全身状態を持ち直し,それに伴って上述の骨露出部は肉芽組織で覆われ,再度,上皮化が進んでいる。
- 160日目の状態。創尾側は完全に上皮化し,頭側も深さ1センチ程度になっている。左右に分かれていた胸骨は肉芽で強固に結合し,呼吸性に開くこともなくなった。
完治までもうちょっとと考えていたところ,患者は突然,呼吸不全に陥り逝去された。
これ以外にも,同様の創離開例の治療をしているが,そこから得た知見をまとめると次のようになる。
- 消毒はもちろん厳禁!
- 軟膏,消毒薬は全て不要である。
- 感染源となる異物がなければ,そのまま創を被覆してよい。
- 胸骨が左右に分かれ,骨が露出していても骨髄炎を起こす心配はない。むしろ,消毒を続けて骨が壊死することで骨髄炎を起こす危険性がある。
- ポケットがあってもドレナージする必要もなければ,ポケットに薬を入れる必要もないし,入れない方がよい。
- 入浴,シャワー浴をしても感染の心配はない。「風呂の水が創内に入ったら・・・」と心配される人がいるが,入浴後にうつぶせに寝れば外にでてくる。外から自然に入ったものは,外に自然に排出されるものである。
過去の教科書,言い伝え的治療を鵜呑みにするな,というのが私の結論です。
(2004/06/17)