高齢者,といっても定義はさまざまだが,96歳女性といえば,十分に高齢者であろう。これを高齢者でないという人はいないと思う。そういう96歳の下肢2度熱傷の症例を紹介する。
何といっても96歳,つまり,ほぼ1世紀を生き抜いてきた人だ。足腰は弱く,車椅子生活である。下腿の皮膚は薄紙のように弱く,絆創膏を張ろうものなら皮膚も一緒には剥がれてくる。
こういう96歳が右下腿に熱傷を受傷し,当科を受診。受傷原因についてはよく判らなかったが,創の状態から考えると,かなりの温度のお湯による熱傷と思われた。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
「高齢者の熱傷は深くなりやすいので十分に注意が必要だ」と,どの熱傷の教科書にも書いてある。深くなる要因としては,次の2点が挙げられることが多い。
また,ある熱傷の教科書を見ると,「70代以上の高齢者の場合,分層皮膚を採取して植皮すると,移植皮膚が生着しても採皮部が上皮化しないことが多く,分層皮膚移植は行うべきではない」と明記してある。これも皮膚付属器官からの上皮化が望めないため,採皮部が全層壊死(つまり3度熱傷と同じ)になり,治癒しないからだと説明されていたと記憶している。
となると,この症例はどう考えたらいいのだろうか。この症例は70代どころでなくもうちょっとで100歳の大台に乗ってしまうのである。皮膚はそれこそ薄紙のように薄く脆弱で,しっかりした皮膚付属器があるようにはとても見えない。
しかも,水疱ができているから2度熱傷であることは間違いない。教科書を信じるなら,程なく皮膚は全層壊死に陥り,3度熱傷になるはずである。
それなのに,12日で完全に治癒してしまったのである。
やはり,創面の乾燥を徹底的に防ぎ(=ガーゼでなくラップで覆う),消毒のような傷害行為をやめ,創面をゴシゴシ洗ったりせず(=せっかく遊離してきた上皮細胞を洗い流してしまう)・・・という方針を貫けば,高齢者の2度熱傷であっても3度熱傷に移行することはないのではないだろうか。
「2度熱傷が3度熱傷に深くなる」のは,単に医者の治療が悪いための,医原性損傷ではないのだろうか。
ほかにもこれまでに,80代後半の2度熱傷も同じ方法で治療しているが,やはり程なく上皮化が得られているし,3度熱傷に移行することも今のところ経験していない。
こういう症例を提示すると,「高齢者といってもたかだか数%の熱傷ではないか。広範囲熱傷の高齢者を治療してからでなければ,治療効果は言えないはずだ」と反論する「熱傷専門医」が必ずいるが,こういう連中には「あなたは,96歳の2度熱傷を12日以内に治したことがあって,私に文句を言っているんですよね? あなたは10日で治したのですか? それとも5日で治したのですか?」と言ってやることにしている。
この治療方針に文句があるのなら,12日未満に治してからにしてほしい。
それにしても,この症例は家族が家庭で治療したようなものである。私がしたことといえば,治療原理(傷を消毒しない,乾かさない)を教えたことと,実際の治療法を教えたこと,そして治療手技を繰り返し見せて理解してもらったことだけである。
それでこれだけ完璧に治療してくれたのであり,脱帽である。かねてから,「湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)に無知な医者よりは,十分な知識のある素人の方がよい治療ができる」と言ってきたが,まさにそのよい実例だと思う。
ちなみに,食品包装用ラップと書いたが,これまでに数種類のラップを使ったが,最も使いやすかったのはMIKASAというメーカーのスパッシュというラップである。これは薄くてしなやかで柔軟で,創面へのフィット感が最高であった。もしも熱傷に対して同じ治療を試みようとする人がいたら,お勧めである。
次点がサランラップ。スパッシュに比べるとやや柔軟さに欠けるため,フィット感が落ちるようだ。
逆にあまりよくないのがクレラップだった。これは厚みがあってやや硬いため,熱傷創面に使うと痛がる人がいた。
もちろんこれは「熱傷治療」での個人的評価であり,食品包装用フィルムとしての性能は全く無関係である。
(2004/05/21)