爪下血腫の治療:ナイロン糸ドレナージの応用
爪下血腫は日常よく見かける指の外傷である。ドアに指を挟んだり,重い物を足先に落としたりしたときに発生する。爪の下に血(血腫)が溜まり,非常に痛い。
この痛みの原因は,爪と骨(末節骨)という硬い組織の間に血液が溜まるために圧力の逃げ場がなく,それが痛みを起こすと説明されているようだ。
だから,爪の下に溜まっている血液を抜いてしまえば痛みはなくなるはずだ。具体的には爪に穴を開けるだけでいい。爪は神経が分布していないので痛くなく穴があけられるが,これは爪を切っても痛くないのと同じである。
爪に穴を開けるには,太い注射針で開ける方法か,熱したゼムクリップで開ける方法が行われている。
と,ここまでは教科書的な知識のまとめだが,個人的な知見を付け加える。
- 「爪は無痛なので麻酔は不要である」というのは事実であるが,爪に穴を開ける針先が創傷に触れるとやはり激痛を与えるので,局所麻酔をしてから穴を開ける方が精神衛生上いいし,患者さんも安心する。
- 注射針(18Gのものがよく使われる)で穴を開けても,塞がりやすい。これは針で開けた穴がすり鉢状,すなわち「入り口が広く,奥が狭い」形状をしているためだろう。
- 「熱したゼムクリップ」は非常に有用な方法だが,タバコを吸う人間がいないとクリップを熱する手段(=100円ライターなど)を探すのに手間取ってしまう。タバコを吸う人が少なくなればこの方法は消えてしまうかもしれない。
- 血腫除去をした直後はいいが,翌日見ると,また血液が爪の下に溜まっている症例が結構ある・・・というか,かなりある。血腫除去後に爪を圧迫するのだが,それでも溜まるものは溜まるようだ。特に注射針で開けただけだと,かなりの率で血腫が再発する。
その結果,爪甲が浮いてしまい,その後に爪甲抜去を余儀なくされる例が結構ある。
というわけで,改善すべき点は爪下血腫再発の抑制である。要するに,血腫を除去したあとに血腫が再発しないような工夫である。
ここでナイロン糸ドレナージとポリウレタンフォームによるドレッシングが有用ではないかと思っている。まだ経験は10例ほどでしかないが,ほとんどの例で血腫再発が防げているようだ。
さて,実例である。症例は中年女性。車のドアに左母指を挟み受傷し,痛みが続くため当院を受診した。
- 初診時の状態。痛そう!
- 局所麻酔をして,18Gの注射針で爪基部に2箇所穴を開け,血腫除去。なお,母指基節部に「駆血+止血」用に手術用手袋の指部分を切った「指用ターニケット」を使用している。
- 2箇所の穴の間を鋏で切って,1×3mmくらいに開窓する。そこに5本一組の2-0ナイロン糸を挿入する。ちなみに当科では長さ4センチほどのナイロン糸を5本一組にして,それをテープで束ねてから滅菌しておき,それを利用している。
- ナイロン糸を絆創膏で固定。
- ナイロン糸挿入部にポリウレタンフォームをあて,絆創膏で軽く圧迫固定。
- 翌日の状態。ポリウレタンフォームがかなりの量の血液を吸っているのが判る。ガーゼだとこれほど吸ってくれない。
- 翌日の状態。爪の色は正常に近い。ここでナイロン糸を抜去し,もう一日ポリウレタンで圧迫する。
- 初診2日後の状態。爪は完全に生着している。
ナイロン糸ドレナージについては以前書いたとおりであるが,従来からの「ガーゼドレナージ」に比べると確実なドレナージが得られると確信している。
(2004/04/29)
左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください