点滴漏れの治療:総論


 点滴漏れの治療も医療現場では非常に大きな問題であるが,その治療方針について明確な論理で説明したものは皆無である(・・・と思う)。これまでに発表された治療法を見ると,「リバノール湿布」と「ステロイド軟膏」は治療の定番としてどこにも登場するが,なぜそれが使われているのか,それが本当に有効なのかはどこにも書かれていない。海外の文献も探してみたが,どうもそこら辺を鋭く追及はしているものはないようだ。

 となれば,思考実験の出番である。点滴漏れによって何が起こるのか,それはどのように組織にダメージを与えるのかを分析すれば,治療の原則が見えてくるはずだ。


点滴の薬剤が血管外に漏れて何が困るかというと,薬剤で組織が傷害されることだ。

この時,同じ薬剤でも時間経過によって障害の種類が異なってくるはずだ。早期では炎症症状(疼痛とか発赤とか)が主体だろうし,後期になると組織の破壊が主体になる。

また,薬剤自体の持つ組織障害性も大きく関与するが,これは薬剤自体の毒性と,生体との浸透圧の差がかかわってくるだろう。


薬剤によって組織障害が起こるのであれば,その対処は唯一つ,漏れた局所から薬剤を運び出すか,無害化するしかない。

一番確実な方法はデブリードマンすること。特に薬剤が猛烈な組織障害性を持っている場合,これが一番確実だ。

薬剤によっては中和剤の局所投与という手もあるかもしれないが,これはあくまでも特殊な場合だけだろう。

そして,それほど毒性が高くなければ,生体でも無害化できるだろうし,濃度が薄まればそれだけでも効果があるかもしれない。


点滴漏れによって起こる生体反応は,時間経過と薬剤自体の障害性で決まると思う。

組織障害性が弱ければ何も起こらないし,障害性が強ければ早期であれば炎症反応,それを放置すれば組織破壊が進行する。
破壊の程度が軽ければ,最終的には瘢痕を残して治癒するだろうし,それが運動部位にかかっていれば,瘢痕拘縮になり,運動障害の原因になる。
破壊の程度が強ければ,最終的には組織壊死が起こるだろう。

治療はこれらの変化に応じて考えればいいはずだ。


薬剤の組織障害性が小さいとわかっていれば,漏れた直後なら様子を見ていいし,それで問題がなければそれ以上観察する必要はない。

中等度の組織障害性があれば,早期であれば薬剤を局所から拡散させるか,血流に乗せて肝臓で分解してもらえばいいだろう。これで治らない場合は瘢痕を残して治癒するが,それで何か問題があれば,瘢痕形成術などの出番。

高度な組織障害性がある薬剤だったらデブリードマンをすべきだろうし,このような薬剤で組織の壊死範囲が決まったら,直ちに再建手術を考えるか,デブリードマンして湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)を行うべきである。


これが具体的な治療法であるが,組織障害性の弱い薬剤と強力な薬剤の場合の治療法は,既に説明しているとおりである。
障害性が弱ければ何もしなくていいだろうし,障害性が強くて組織が破壊されるくらいなら,さっさと除去したほうがいいだろうし,あるいは経過を見るにしても,壊死による感染が起こったらデブリードマンは必ず必要だ。そして,組織欠損の範囲と程度に応じて,手術的に再建するか,あるいは湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)に徹して修復するか,いずれかであろう。

問題は,組織障害性が中途半端にある薬剤(大多数の薬剤はこれだろう)の漏出急性期の治療。これはちょっと面倒なので,独立して論じる。


デブリードマンについて
デブリードマンによる組織欠損と,薬剤による組織壊死の結果生じる組織欠損で,どちらの欠損が小さいのかと質問されると,非常に難しい。予想はできるが,予言はできないからだ。
ただ,薬剤によるによって起こる疼痛のことを考えると,早めにデブリードマンして湿潤にした方が,痛みは確実に少なくなるはずだ。


冷やすか暖めるか(中等度の組織障害性のある薬剤漏れの初期治療)
一般には「点滴漏れがあったら,患部はリバノール湿布」というのが常識らしいが,これは全くナンセンスである。患部は温めるか,保温に務めるべきである。

薬剤が漏れたら,患部からさっさと運び出すか,周囲の組織にも吸収させて単位体積あたりの薬剤の濃度を下げれば,薬剤による組織障害性は少なくなるはずだ。局所にその薬剤が停滞していれば,停滞している間中,組織は傷害されるからだ。

このように考えると,「患部を冷却」するのは血管を収縮させて血流を悪くし,薬剤を局所に停滞させているだけのような気がする。もちろん,冷やせば痛みは楽になるが,これは単に,冷やして神経を麻痺させているだけであり,問題の解決を先送りにしているだけだと思う。

逆に,患部を温めて血管の収縮を防げば,薬剤は周囲の組織にも吸収されるだろうし(・・・多分),その分,薬は薄まって障害性は弱くなるだろう(・・・多分)。少なくとも,保温には務めるべきであろう。

冷却しないと痛いのではないか,という意見も出るだろうが,こういう痛みに対しては,鎮痛剤を使うべきと考える。場合によっては,局所麻酔を併用したっていいだろう。冷却による鎮痛はこの場合,邪道だと思う。

山勘ではあるが,恐らく外から加温する必要はなく,保温するだけでいいと思う。つまり,「熱による障害がなく,血管を通常より広げる」程度の温度が最も望ましいからだ。暖めすぎると,低温熱傷を起こす危険性があるはずだ。

こう考えると,プロスタグランディンE1の点滴も有効じゃないかと思う。


個々の薬剤ごとの治療は?
これは,薬剤の組織障害性についてのデータを参照し,決めていくしかないと思うが,とりあえずは患部は温め,その間に薬の本を持ち出して勉強し,知識を仕入れるしかないだろう。

今後すべきは,早急に何かしなければ組織壊死をきたすような強烈な薬剤のリストを作成することだろう。そうすれば,それ以外のものはとりあえず,暖めながら経過観察,という方針でいいからだ。


ステロイドはどうする?
これもしていいんだか,して悪いんだかよくわからない。
「ステロイドは炎症を抑えるから,薬剤による炎症には使うべき」というのはもっともらしい考えだが,「炎症が起こっているのは悪いことなのか」と考えると,なんだか判らなくなってしまう。原因を除かないで,結果(=炎症)だけ抑えてもしょうがないと思うのだが・・・。

要するに,薬剤で傷害された部位に投与したステロイドが,壊死した組織の分解を促進し,組織の再生を促進させるのであれば,意味があると思うが,ここら辺はどうなっているのだろうか。どなたか,教えてください。


リバノール湿布
意味のない治療の筆頭格がこれ。何でこれが「湿布」なのか,意味不明である。さっさと止めた方がいい治療だと思う。

温度の異なる二つの物質があれば必ず熱の移動が起こるが(エントロピーが増大するから当たり前だ),熱の移動の様式は4つしかない。伝導,輻射,蒸散(気化),対流である(えっ,知らない? 多分,中学校の理科で習ったと思うよ)

リバノールで湿らせたガーゼを幹部にあてて冷やすのだから,これは蒸散,すなわち気化熱で冷却していることになるが,なぜかこのガーゼは通常,水分を通さない油紙で包まれている(こうしないと衣服が汚れちゃうし,一度付いた色素はなかなか落ちないから)
つまり,冷やそうとしてリバノールガーゼをあてているのに,わざわざ油紙で蒸散を妨いでいるわけだ。これでは冷えるわけがない。全くの無駄な行為である。

「冷たいリバノールを浸したガーゼをつけているから,伝導でも冷却しているはず」という反論もあるだろうが,そうであっても,リバノールが体温と同じ温度になってしまえば,そこで熱の移動は停止する。
この場合,リバノールガーゼの外にペルチェ端子をあてて冷却するとか,CPUファンを取り付けて冷却するとか,水冷式システムを取り付けるとか,そういうことが必要である。

嘘だと思ったら,リバノールガーゼをパソコンのCPUやグラフィックボードに使ってください。すぐに熱暴走します。

ちなみにリバノールは「色素系消毒薬」であり,ピオクタニンなどと同系列の薬剤であり,「湿布」とは縁もゆかりもない。
大昔の医者がこの薬剤を湿布と勘違いして使い,彼の書いた論文を誰かが引用し,孫引きされ,いつの間にか「誰が言い出したかわからないが,皆がしている治療」の一つとして定着したのだろう。

(2004/03/09)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください