人工真皮という医療材料がある。深い皮膚軟部組織欠損があるときに,これを創面に置いて創周囲の皮膚と縫合して固定し,生着した後は真皮様組織となるため,その上に植皮する,というのが通常の使われ方だろう。私も以前,よく使っていたが,最近,根本的な疑いを持つようになった。
例えば,収入が少なくて,何とか生活はできるが貯金をするだけの余裕がない人がいたとしよう。こんな彼の家のドアが台風で飛ばされてしまった。もちろん新しいドアを付ける金はない。かといって雨風が吹き込むし,泥棒だって入ってくるかもしれない。
それでどうしようか悩んで業者に相談したら,「ドアをつけるなら防犯も考えて頑丈なものにした方がいいですよ,ちょっと高いけれど・・・」というだけ。こっちは簡単な物でいいといっているのに,何が何でも頑丈で高いものを売りたいらしい。
もちろん,そういう高価なドアを買う余裕なんて最初からない。しかし業者や無理矢理,高価で頑丈なドアを持ってきて,安普請の家に備え付けてしまった。その代金を支払ったら,もう間違いなく,生活は破綻してしまう・・・。
もちろん,収入が十分にある人にとっては,ドアの値段なんて問題にならないし,大体は家を建てた時点で高級で頑丈なドアが付いているわけで,そもそも,そういうドアを付け替える必要なんてない。
変なたとえ話で始めてしまったが,人工真皮について考えていたら,こういう例で考えるとわかりやすことに気が付いた。この場合,もともとの家のドアが皮膚と皮下組織,人工真皮が業者が持ってきた頑丈なドア,収入が局所(創面)の血流に対応する。
さて,この「ドア問題」をしばし忘れ,どういう局面でこの人工真皮が必要になるのかを,例によって思考実験してみよう。そうすると,必要な場面は次の二つであり,これ以外は考えられない。
要するに,皮膚移植で創を閉鎖するには,その前提として血流の良い移植床が必要であり,その移植床を手っ取り早く作るために人工真皮を移植して移植床にしよう,と言うわけである。別の言い方をすると,早く植皮をするために,そのための前準備に人工真皮が使われるのである。
このように考えると,人工真皮の問題点が見えてくる。それをまとめると次のようになる。
まず〔4. そもそも植皮が必要なのか?〕であるが,まずこれが疑わしい。私はこれまで,かなり広範な皮膚軟部組織欠損も湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)しているが,広範な欠損でも上皮化が得られる事を確認している。瘢痕拘縮に関しても,むしろ植皮(特に分層植皮)したものに比べると,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)の方が瘢痕拘縮が少ない。広範囲3度熱傷以外では,植皮術は不要ではないかとすら思っている。逆に言うと,深い皮膚軟部組織欠損だからといって移植は必要ないのである。
〔3.湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)の肉芽形成と,人工真皮生着に要する時間〕にも差はない・・・というか,むしろ湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)で肉芽が上がる方がスピードが速い。肉芽が上がらない,という医者は多いが,それは単に治療が悪い場合がほとんどである。消毒したり,軟膏ガーゼで覆ったりするのは「肉芽を上がらせない治療」そのものである。正しく湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)をしていれば,骨皮質の上にも腱の上にも肉芽は上がってくるのだ。
正しく湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)しても肉芽が上がってこないことはある。これは,創面の血流がそもそも不足している場合である。そして,そのような創面では人工真皮も生着しないのである。これについては,後ほど詳しく考察する。
これで,〔2.肉芽が上がらないのは(医者の)治療が悪いから〕が明らかになったと思う。肉芽が上がらないのは医者の治療が悪いか,そもそも創の状態(血流)が悪いか,いずれかなのである。
そして,もっとも根本的な問題が〔1.肉芽が上がってこない創に人工真皮を移植して生着するのか?〕である。
正しく湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)をしても肉芽が上がってこない創というのは,創の血流が極めて悪い創以外にはありえない。要するに,単位面積あたり,単位体積あたりの血流が不足し,肉芽を作る細胞(線維芽細胞や血管内皮細胞など)が供給されなかったり,肉芽の素材となる物質が供給されない事がそもそもの原因である。
では,こういう創面に人工真皮を移植して生着するのだろうか?
結論から先に言うと,絶対に生着しない。人工真皮といえども血流がなければ生着のしようがないからである。肉芽も上がってこない創は,人工真皮も生着するわけがない。
創面があって,そこに分布(=血液を供給している)血管の数(=血流量)は,何か特別なことでもしない限り変わらない。だから,創面に供給される血液量は一定である。肉芽が上がらない創とは,創面の単位面積(単位体積)あたりの血流量が肉芽形成をするのに不足していると考えていいだろう。冒頭のたとえでいうと,収入が足りなくて物が買えない状態である。
こういう創面に人工真皮を移植したらどうなるか。これがまさに上述の「金もないのに高価なドアを買わされる」のと同じだ。
そしてさらに,人工真皮移植をすると,移植された創面が受ける単位体積あたりの血流量は確実に減少するのである。なぜかというと,創面上の人工真皮にも血液が供給される,というか,人工真皮が吸い込んでしまうからだ。
この血液は本来,創面だけに供給されるべき血液だったはずだ。要するに,人工真皮がなければ,供給される血液の100%を創修復に使えたのに,人工真皮があるため,血液の一部は人工真皮生着にしみ込んでしまい,使える分の血液は確実に少なくなっている。要するに,血流量が不十分な創面にとって人工真皮は,お荷物でしかないのだ。これはつまり,収入が足りなくて食料品を買うのも難しい人に,バッグを買え,パソコンを買えと押しつけているようなものだ。
これで問題が明らかになったと思う。人工真皮が生着できるのは,創面に供給される血流が十分で,「お荷物」の人工真皮にまわすだけの血流が確保できる創に限られるはずだ。
しかしこういう「血流が十分にある創」は,湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)をしていれば早期に肉芽で覆われる。つまり,こういう創にとって人工真皮なんて,あっても邪魔にならないけれど,本質的に不要なのである。
これはつまり,金持ちだったら高価なドアを買うのは簡単だけれども,そんなもの,最初から付いているんだから,買う必要がないのと同じである。
その部位に血液を供給する血管の立場に立ってみると,ただでさえ「血液の供給量が少なくて肉芽が作れない。何とかしろ!」と文句を言われて困っているのに,「新しく人工真皮もつけといたから,これにも血液を供給するように」と言われているようなものである。要するに,治らなくて四苦八苦している創面(・・・別に傷が四苦八苦しているわけじゃないか・・・)にとって,余計な仕事が増えてさらに苦しくなるようなものである。
きっと創面は「俺がこんな厄介者を付けてくれって頼んだか? 頼んでいないぞ。頼むからさっさと取ってくれ」と悲鳴を上げているはずである。
こういう事を書くと,「人工真皮に血管新生促進因子を含ませれば,問題ないではないか」という反論も聞こえてきそうだが,この場合だって,最低でも「その人工真皮が消費する分の血流を供給するだけの新たな血管が直ちに作られる」のでなければ意味がないのである。なぜかというと,その新生血管が正常な血管として機能しないうちは,「創面+移植人工真皮」複合体は血流不足状態に置かれているからだ。
要するにこの場合,人工真皮を移植した瞬間に新生血管が誘導されなければ意味がないのである。3日後に新生血管が完成しても,もう手遅れなのである。
というわけで,私の結論。
(2004/02/27)