慢性下腿潰瘍をどう考えるか


 慢性下腿潰瘍というと創傷治療,創傷ケアでは独立して取り上げられて論じられることが多い。しかも極めて研究者によって分類とか病体の捉え方がまちまちで,調べれば調べるほど,なんだかわけがわからなくなってくる。この病態について,独断と偏見を駆使しまくって,分類から治療までをまとめてみる。


 まず,慢性下腿潰瘍というとあたかも一つの病的状態のように考えてしまうが,これがそもそもの間違いだ。こんな考えをするから,「慢性下腿潰瘍の治療はどうあるべきか」「どういう治療が正しいのか」となってしまい,袋小路に迷い込んでしまう。

 慢性下腿潰瘍を一つの病態のように考えるのは,腹痛や咳を一つの病態とするようなものである。腹痛といっても原因はさまざまで,その原因に応じた治療をしなければいけないし,その原因に正しい治療を行えば,特に腹痛の治療をしなくても治まるものである。しかし,「腹痛の治療」をいくらしてもそれは一時しのぎであり,原因への治療をしない限り腹痛はまた再発する。

 慢性下腿潰瘍も同様で,さまざまな原因で起こる。だから,慢性下腿潰瘍の治療をするのでなく,原因疾患の治療をまず行い,それが完全にコントロールできたら,潰瘍は治癒に向かうはずである。だから,慢性下腿潰瘍に対する局所治療とは常に二義的意味しか持たないのだ。


 慢性下腿潰瘍を原因別に分類すると,次のようになると考えている。

  1. 虚血性・・・動脈の閉塞が原因(糖尿病や閉塞性動脈硬化症など)
  2. 鬱血性・・・静脈の還流不全が原因
  3. リンパ鬱滞性・・・リンパ浮腫が原因(深部静脈血栓症など)
  4. 感染性・・・細菌感染によるもの(非定型抗酸菌症など)
  5. 圧迫性・・・褥瘡など
  6. 医原性・・・医者の治療が悪くて難治化したもの


 この中で原疾患の治療が容易なものは,〔1. 虚血性〕〔4. 細菌性〕〔5. 圧迫性〕〔6. 医原性〕である。

 〔1. 虚血性〕だったら血行改善をすればいいのだから,血管拡張薬(プロスタグランディンE1)を投与するとか血行再建術をすれば,潰瘍は湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)をしていれば自然に縮小・閉鎖する。感染を起こしていたら,感染源をデブリードマンするだけだ。その他の治療は必要ない。

 〔4. 細菌性〕は極めて少なく,滅多にお目にかからないと思うが,存在そのものを知っていないと診断に難渋するはずだ。特に非定型抗酸菌症,あるいは皮膚結核では,潰瘍は作るが発赤などの炎症症状はほとんどないし,膿も出ないため,感染症という感じは全くない。しかも,あらゆる治療に抵抗し,プロスタグランディンを点滴しても被覆材を使っても軟膏を使っても,全く効果がない。もちろんこの場合は,抗口結核剤を経口投与すれば,潰瘍はたちどころに良くなる。
 何をやっても治らない皮膚潰瘍では,一度は疑ってみるべきだろう。ちなみに診断は組織を生検して細菌の存在を証明する以外にない,

 〔5. 圧迫性〕は褥瘡であるが,もちろん治療は圧を除くことである。ま,これは皆様,ごぞんじでしょう。

 〔6. 医原性〕は「消毒とガーゼ」が作り出す潰瘍であり,もともとの裂傷や挫傷に対し間違った治療を行ったために難治性潰瘍になる場合である。実はかなり沢山あると思う。
 この問題点は,このサイトで述べている「創傷治癒の基礎知識」について無知な医師,看護師が治療している場合,自分達がしている治療は正しいと信じ込んでいるため,その間違いに気付くチャンスが全くない点にある。こういうタイプの難治性潰瘍ではしばしば,医者を替えることが最良の治療となるし,それが唯一の治療となることが多い。


 問題は残りの二つ,〔2. 鬱血性〕〔3. リンパ鬱滞性〕の治療。これらの治療は極めて困難だ。なぜかというと,潰瘍を作っている根本原因の治療が極めて困難だからである。

 例えば,〔2. 鬱血性〕というのは静脈の還流不全である。動脈の場合は既存の動脈を拡張させるとか,毛細血管の新生ができれば何とかなるが,静脈の場合は「逆流防止弁が備わっている静脈」が新たに作られない限り,永続的な効果を持つ「還流不全の改善」は望めないのだ。
 要するに,動脈は心臓から押し出されてくる血液を通せばいいだけであり,単純な管状のものでその役目を果たせるが,それに対し静脈の方は安定した流れを作るには圧が低いため,逆流防止弁という高度な構造を必要とし,単に管状の構造物があるだけでは意味がないのである。
 「弁付きの静脈」を人工的に作ることはまず不可能だろう。静脈を再生させるにしても,「弁付きの静脈」を新生させなければ意味がないわけだから,それはかなり大変な作業ではないかと思う。

 もちろん,下腿の鬱血に対しては患肢挙上をすれば,ある程度,症状は治まるが,足を上げながら普通に社会生活を続けることは不可能だ。弾力性のストッキングもあるが,これだけで静脈還流不全を完璧に治療するのは無理である。あるいは,下肢を末梢から中枢側に揉む機械もあるが,これだって効果があるのはその機械を装着しているときだけで,はずせば元の木阿弥である。

 以上のような理由から,鬱血性の潰瘍の治療には難渋するのである。

 その後,「下肢の鬱血性潰瘍」には圧迫包帯が有効,というご連絡をいただいた。といっても,包帯でただ巻くだけではなく,かなり特殊な技術が必要との事だが,下肢静脈の弁機能が正常に戻るということである。


 では,〔3. リンパ鬱滞性〕はどうかというと,リンパ浮腫そのものへの外科的治療が可能な分,まだ楽かもしれない。

 まず,リンパ浮腫で難治性潰瘍が発生するメカニズムだが,リンパ浮腫が起きている皮下軟部組織はリンパ液で満ち溢れていて,パンパンに腫れている。ここに小さな傷ができたらどうなるかというと,ここから溜まりに溜まったリンパ液が噴出すことになる。水を入れた風船を針でつつくようなもの,あるいは,水道管に亀裂が入って水が漏れているようなものである。
 水の入った風船の場合は,水が全て出てしまえば穴を塞ぐのは簡単だが,リンパ液は常に生産されるため,四六時中絶え間なく穴から出ているわけで,この傷を縫合しようと,植皮をしようと,皮弁形成をしようと,傷が治るわけがない。つまり傷を治すためには,リンパの流出自体を止めなければいけない。

 現在,このようなリンパ浮腫に対し,「リンパ管−毛細血管吻合術」という超微細な手術が行われている。形成外科では顕微鏡下で血管をつないだり,神経をつないだりする手術を日常的に行っているが,この「リンパ管−毛細血管吻合術」はその極微とも言うべき手技で,名人芸的な手術であるが,名手が行えば確実に効果がある手術である。
 もしもこのような症例でお悩みの方は,大学病院の形成外科で尋ねてみると,この手術をしている病院を紹介してくれるはずだ。


 要するに,上記のような「原疾患に対する治療」を行いつつ,皮膚欠損創に対する治療,すなわち湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)をしていれば,慢性下腿潰瘍といえども確実に治療できるはずだ。しかし,現疾患への治療が不十分だったり,あるいは完璧な方法が存在しない場合には,どんな局所治療をしても,恐らく治らないだろう。


 ちなみに日本では,慢性下腿潰瘍の症例数はそれほど多くなく,これが大きな問題とされている欧米とは大違いである。欧米でどのくらい問題かというと,被覆材のハイドロサイトもティエールもアクアセルも,そもそも慢性下腿潰瘍をターゲットに開発された商品だという事実からもわかるだろう。それくらい患者が多いらしい。

 なぜ欧米で多く,日本で少ないんだろうか?

(2004/02/21)

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