フィブラストスプレーについて


 フィブラストという薬品がある。難治性潰瘍,褥瘡治療によく使われている薬剤である。この薬剤についての素朴な考えを述べてみる。

 まず,この薬について知らない人もいるだろうから,ちょっと予備知識。これは細胞成長因子と呼ばれる創傷治癒に関連する一群のサイトカインの一種,FGF-2を精製して作られた薬剤で,通常,創面にスプレーして使用する。ちなみにこのFGFはマクロファージや上皮細胞などが産生する物質で,主に線維芽細胞に作用してそれを遊走・増殖する作用を持ち,強力な血管新生作用も持っている。つまり,生体が損傷を受けると自動的に作られてその部位に分泌される物質である。


 さて,このFGF,すなわちフィブラストが生体に必要とされる状態とはどういうものだろうか? 例によって思考実験してみると次の場合が考えられる・・・というか,これしか考えつかない。

  1. FGFを産生する細胞が欠損している場合。
    1. 全身性に産生細胞が欠損している場合。
    2. 局所(創面)だけで産生細胞が不足している場合。
  2. FGFを産生する細胞はあるが,FGFを産生する能力だけが欠如している場合。
  3. FGFは正常に産生されているが,ターゲットの細胞が機能していない場合。
  4. FGFは正常に産生されているのだが,FGFのターゲットとなる細胞が欠損している場合。
    1. 全身性にターゲット細胞が無い場合。
    2. 局所(創面)だけでターゲット細胞が無い場合。

 この4つを見て,かなり強引だな,とお気付きだろうと思う。要するに,かなり強引な状況を設定しない限り,その必要性が見えてこないのだ。そして,この4つの条件から問題の本質が見えてくる。


 まず〔1-A. FGF産生細胞が全身性に欠損している場合〕であるが,これはもちろん論外。全身にマクロファージも上皮細胞も無い状態というのは生存不可能だろう。

 次に〔1-B. FGF産生細胞が局所的に不足している場合〕であるが,これは臨床的に存在する。創の血流が悪くて干からびている状態。血流が悪ければマクロファージも創面に登場できないだろうし,それならFGFも欠乏しているはずだ。

 〔2.FGF産生細胞はあるが産生能力だけ欠如している〕はどうだろうか。1種類の細胞だけがFGFを作るのならそういうこともあるかもしれないが,実際には複数の細胞が産生能力を持っているため,これらの細胞が同時に産生能力を失うのはやはりかなり無理だろう。

 〔3.FGFは正常に作られているが,ターゲット細胞がうまく働かない〕は要するに,全身の線維芽細胞が一斉にコラーゲンを作らなくなる状態だから,これもちょっと無理というか,生命が維持できないような気がする。

 〔4-A. 全身性にFGFターゲット細胞が欠損〕も同様に生存することが不可能な状況だ。

 〔4-B.局所的にFGFターゲット細胞が欠損〕というのは実際に起こりうる。これも創面への血液の供給がストップし,干からびている状態。


 要するに,FGF(すなわちフィブラスト)を外から供給しなければいけない状況というのは〔1-B〕しかないのだが,それは同時に〔4-B〕という状態であることも意味している。つまり,FGF産生細胞が局所で不足している状態というのは,FGFのターゲットとなる細胞自体も欠乏している状態なのである。となると,外部からいくらFGFを投与したとしても,ターゲット細胞が少ないのであればそれは機能を発揮できるのだろうか?

 つまりここで,「フィブラストが必要となる状況にすると,フィブラストの効果が発揮できなくなる」というジレンマに行き着くことになる。逆の言い方をすると,「フィブラストが機能を発揮する状況(ターゲット細胞が正常に存在する)とは,生体がFGFを産生しやすい状況(FGF産生細胞が正常に存在する)である」ということにもなる。

 通常は「肉芽形成が不良なのでフィブラストを散布して肉芽形成を期待しよう」と考えて,この薬剤を使用しているが(私も一時,そう思って使っていた),肉芽形成不良の原因はFGF単独の欠損なのでなく,そもそもその創の血流が不足しているためじゃないだろうか。となると,肉芽形成の不良な創面にFGFをいくら散布したところで,肉芽は作れないのではないだろうか。


 分かりやすくたとえれば,フィブラストは設計士,線維芽細胞は大工さん,コラーゲンは建材である。設計士だけいくら増やしても,大工さんがいなければ仕事は進まないし,大工さんだって建材が無ければ家を作れない。肉芽形成不良の部分にフィブラストを散布するのは,砂漠の真ん中に設計士さんをヘリコプターで降ろして,「ここで家を作ってね」と注文するようなものじゃないだろうか。家を建てるなら,最低限でも道路が通っていないと建材も運べないし,大工さんも来れないのである。


 いずれにしても,創傷治癒に関与する因子はFGFだけでなく,多数の細胞成長因子が絡んでいる。ただ一つの成長因子を投与すれば肉芽形成が改善するのか,私はよくわからないのである。

(2004/01/29)

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