手背熱傷の治療例


 どんな熱傷の教科書にも形成外科の教科書にも,「手背の熱傷は手掌熱傷に比べ深くなりやすく,早期に植皮が必要になることが多い」と書かかれている。また,「手背の深い熱傷を保存的に治療すると瘢痕拘縮を起こしやすく,早期に植皮すべきである」とも書かれている。
 これらは全て嘘である。2度の深い熱傷であれば保存的治療でも急速に上皮化が得られ,しかも瘢痕拘縮などの運動障害も残らない,というのが真実である。最初から3度熱傷の場合を除き,2度熱傷が途中から3度熱傷に移行することはなく,可能な限り湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)による保存的治療をすべきである。


 症例は50代女性。てんぷら用に熱した油で右手背に熱傷を受傷。直ちに当科を受診した。

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  1. 初診時の状態。右手背全体と示指,中指背側に熱傷創面を認める。

  2. 手背の拡大。皮膚は白っぽく,pin-prick testでも痛みを感じない部分がある。常識的に言えば「2度の深い熱傷で一部3度」という診断になると思う。

  3. 直ちに洗浄も消毒もせずに,ポリウレタンで被覆。示指は全長にわたる熱傷だったため,ハイドロポリマーで指全体を巻いた。ポリウレタン,ハイドロポリマーを使用した理由は受傷原因から考えて浸出液が多いだろうと予想し,吸収性の良い被覆材を選択したものである。
    このような治療を5日ほど続け,以後は「手背はポリウレタンフォーム,指は薄いハイドロコロイド」で創面を閉鎖する方式にした。
    当初は疼痛が強かったが,3日目以降はほとんど痛みはなくなった。また,右手は「痛くない範囲で動かす」ようにさせ,過度の安静はしないように説明した。

  4. 14日目の状態。きれいな肉芽が創面を覆い,ところどころに「上皮の島」が出現しているのがわかる。手関節部に膿痂疹形成があるが,これは鑷子で潰して開放創とし,洗浄後にポリウレタンフォームで被覆することで治癒した(経口抗生剤も2日だけ処方)

  5. 18日目。わずか数日で急速に上皮化が進んでいることがわかる。

  6. 20日目。潰瘍が数箇所,散在する程度になった。この状態になったら,潰瘍部分だけ薄いハイドロコロイドで被覆するのがベストなようだ(手が普通に使えるから)
    以後,機械的刺激で小さな潰瘍ができることを繰り返したが,その都度,小さく切ったハイドロコロイドを貼付することで潰瘍は数日で治癒している。 さらにその後2ヶ月近く経過観察しているが,潰瘍はなく,再生した上皮は安定しており,手背の運動障害は認められず,受傷前と同じように使っている。


 前例でも説明したように,このように深い2度熱傷ではある時期までは肉芽形成のみが進行し,それから肉芽面に突然「上皮の島」が多発性に出現し,一気呵成に上皮化が進むようだ。この例では14日目までが肉芽形成期,それ以降が上皮再生期といえるかもしれない。
 もちろん,創周囲からの上皮化も重要であるが,「上皮の島」が出現してからの上皮化のスピードの比ではない。

 従って,熱傷の局所治療の目的は,「赤ちゃん上皮の揺りかご」となる健康な肉芽を維持し,一気に上皮化が進む「その時」を演出することだと思う。
 この時,創面を消毒したり,ゲーベンクリームを塗布したり,ガーゼなどで創面を乾燥させると,創面は一挙に3度熱傷に移行し,これはいわば「医原性3度熱傷」である。

(2004/01/29)

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