皮膚損傷の治療と創感染の治療は別個に同時進行で


このページは画面横幅1024ドット以上でご覧下さい(通常のパソコンであればフルスクリーンですね)
1024ドット以下だと,ちょっと見にくいです。


 以前から,皮膚損傷(熱傷,挫創,褥瘡,あるいは天疱瘡や類天疱瘡,尋常性乾癬も含む概念)の創面が創感染を起こした際の治療を一般化しようと考えていたが,ようやく,これなら多くの人が納得する説明になるだろうという説明に行きついた。一言で言えば「皮膚損傷の治療と感染創の治療は同時に行わないと意味がない」という事である。以下,それを説明する。


 例によって例え話から入る。

 例えば糖尿病患者がいて,足趾が壊死し,膿瘍を作ったとしよう。この時,治療はどうなるかといえば,糖尿病の治療(=血糖値のコントロール)をしながら,膿瘍や足趾壊死についての治療(=切開排膿とか,デブリードマンなど)を同時に行うのが原則である。もしも,「ここは膿瘍の治療をまず行うから,インスリン注射は一事中断しましょう」といったら,常識を知らない医者だと馬鹿にされるはずだ。同様に,糖尿病患者が肺炎を起こした時に,インスリン注射を中断して肺炎治療のための抗生剤投与だけにしたら,やはり無知な医者だといわれるだろう。

 この例で何を言いたいかというと,糖尿病の治療と膿瘍(あるいは肺炎)は別物であり,治療も別個であり,二つの治療を同時に進めないと意味がないということだ。
 そんなの当たり前だろう,と思ってはいけない。「創感染を伴った皮膚損傷」ではなぜか,感染に対して心を奪われ,皮膚損傷の治療が中断しているのが普通だからだ。あなたの診察室,病院ではこのような患者に対し,「皮膚損傷の治療を中断」していないだろうか。


 皮膚損傷の治療とは創面を乾かさない事と創面から分泌される浸出液を保持する事,この二つしかない。付け加えるなら,局所の血流をよくする事くらいだろう。もちろん,創を乾かしたり,消毒したり,ゲーベンクリームなどのクリーム基剤の軟膏を創面に塗布する事は,皮膚損傷の治癒を遅らせる行為であることは言うまでもないだろう。

 ところが,熱傷で創感染(局所の発赤とか疼痛とか発熱などがあることであり,創から細菌が検出される事ではない)を起こしたらどうするだろうか。この場合,よくある間違いがイソジンゲルを塗る,ゲーベンクリームを塗る,ゲンタシン軟膏を塗る・・・ことである。

 なぜこれらが意味がないかというと,消毒にしろゲーベンにしろゲンタシンにしろ,創表面の細菌は殺せるかもしれないが(これだって本当は怪しいもんだぜ),深部の組織に入り込んだ細菌に対しては効果がないからである。本当の感染創を見てみるとわかるが,細菌が侵入して炎症を起こしているのは皮膚だけではなく,むしろ深部の脂肪組織などである。

 要するに,感染した熱傷創面にゲーベンクリームを塗布するのは,創感染の治療(実際はそれにもなっていない)だけして,熱傷の治療を放棄しているのと同じである。


 皮膚損傷における創感染とはどういう状態かを,わかりやすく説明すると次のようになる。

まずこれが損傷のない状態。

家があってこれが人体。壁や屋根が皮膚で,その中は皮下軟部組織など。
外を通行人(=皮膚常在菌)が歩いている。通行人は家の中に入ってくることはない。
家の中の生活で必要なものは壁を通してでなく,地下道(=血管)を通じて供給される。


皮膚損傷とは壁や屋根が壊れ,穴が開く現象である。当然,穴が大きいほど重症だ。

このとき,外を歩いている普段は善良な住民が,家の中に入ってきて,壊れた壁の一部(=壊死した皮膚とか破れてしまった水疱膜とか)を手にするとなぜか凶暴化し,泥棒に変身するのである。これが「創感染」という状態。


壁に穴が開いて泥棒が中に入ってしまったら,どうしたらいいだろうか?

こういうときに「ガードマンを雇って家の中に泥棒が入らないようにしよう」と言う人がいたら,それはおかしいと思うだろう。
実はこの「ガードマン」が創面の消毒や,抗菌剤軟膏(ゲーベンクリーム,ゲンタシン軟膏,テラマイシン軟膏など)塗布などに相当する。
  1. ガードマンの役目はドアや窓の外に立って,不審者が侵入するのを阻止することにあるが,残念ながら,家の中に入ることはできない。
  2. ガードマンは家の外を歩く通行人めがけて,誰彼かまわず銃を乱射するが,銃の腕ではからっきし悪くて,通行人にあたらないことが多く,当たらない弾は自宅の壁にあたってしまう。
  3. このため,ガードマンが銃を発射した後はさらに壁が穴だらけになってしまい,不審者が侵入しやすくなる。
  4. しかもこのガードマンの勤務時間は一日一時間だけで,すぐにいなくなる。


家の中に入った泥棒を捕まえるのはガードマンでなく警察官(=抗生剤)の役目である。
泥棒が入ったという情報が入ると警察官に出動命令が出て,地下道(=血管)を通って家の中に入り,泥棒を捕まえる。

ちなみに家の外から警察官にきてもらう(抗生剤含有軟膏塗布とか,点滴用抗生剤を創面に散布)方法を考える人もいるが,実は警察官は自前の移動手段を持たない(そのため,地下鉄が通っている地下道で移動する)ため,家の外に警察官がいても家の中に自力で移動できず,当然,家の中の泥棒は捕まえられない。


壁を直す(左の図で「治す」とあるのは「直す」が正しいですが,図を書き直すのが面倒なんでゴメン!)には大工さんや左官屋さんを雇い,壁の素材を購入して彼らに作ってもらうのが一番手っ取り早い。
つまり,壁が壊れることで起こったトラブルは,壁を直せばいいのである。

大工さんも壁を直すための材料も,どちらも地下道を通って供給される(大工さんも地下鉄通勤しているのだ)
家の中に入って暴徒化している連中がいる(=infection)と,壁を直すのが邪魔されることはあるが,家の外を歩いているだけの通行人(=colonization)は大工さんの仕事の邪魔をしない。


壁が直ってしまえば,もう外から侵入されることはなくなる。
早く壁を直すために必要な条件とは,
  1. 地下道(=血管)が家の地下に通じていて,地下鉄が正常に動いていること。
  2. 大工さん,左官屋さんがいて,呼び寄せるときちんと働くこと。
  3. 材料が十分に調達できること。
2番目の条件を成立させるのが「湿潤環境」,すなわち「傷を乾かさないこと」であり,3番目の条件は全身の栄養状態である。
また1番目は患部に十分な血流があることを意味し,これが2番目,3番目の条件の大前提となっている。


とうわけで「創感染を起こしてしまった皮膚欠損創の治療原則」とは「創感染の治療を行いつつ,皮膚欠損の治療を同時進行する」ことである。

すなわち,

  1. 創感染(蜂窩織炎)の症状(局所の疼痛,全身性の発熱)があったら,抗生剤の投与を行う。
    創面に抗生剤を撒いても「軟部組織で炎症を起こしている細菌(=家の中の泥棒)」には効かない。
  2. 警察官(=抗生剤),大工さん,壁の材料を患部に運ぶのは地下道(=血管)であり,地下鉄(=血流)である。
  3. 大工さん(線維芽細胞や上皮細胞など)が気持ちよく働くためには適切な環境(湿潤環境)が必要であり,それを実現するのが湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)である。
  4. 創面を閉鎖すると,新たに地下道ができ(=毛細血管新生が誘導される),創感染の治療と皮膚損傷の治療に同時に有利に作用すると考えられる。
  5. 消毒薬(=ガードマン)は「外から侵入しようとしているのを阻止する」のが目的であり「軟部組織で炎症を起こしている細菌」にはまったく無力である。
  6. 消毒すればするほど壊れた壁はさらに壊れてしまい,その結果として通行人(=常在菌)は進入しやすくなる。すなわち,消毒すればするほど感染しやすくなる


 と,ここまで書いたらおわかりだろう。皮膚損傷に対して消毒したり抗菌剤含有軟膏を塗布するのは,壁が壊れて不審者侵入を恐れているのに,ガードマンばかり雇いいれて大工さんをクビにしているのと同じである。不審者はその時は入ってこないかもしれないが,いつまで経っても壁は穴だらけで,隙あらば侵入しようと思っている連中にとっては,非常に好都合である。何しろ,一度家に入ってしまえばガードマンは怖くないからである(怖いのは警察)

 だから,この「ガードマンは雇いいれるが大工さんはクビにする」方針を取っている限り,創感染は治らず,皮膚損傷も治らないのだ。だからこういう治療は無意味で無駄なのである。


 そして話は最初に戻る。「皮膚損傷の治療と創感染の治療は分けて考えろ」である。

 皮膚損傷を治療するなら湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)しかないし,創感染の治療をするなら抗生剤の点滴投与か経口投与しかない。つまり,「大工さんに壁を直してもらいつつ,警察官に泥棒をつかまえてもらう」のだ。
 ガードマンを雇って警戒してもらう,と言う選択肢は決してありえないのである。


 熱傷をラップとワセリンだけで治療していると非常に速く治癒するが,それでも創感染を起こす患者さんはいる。個人的な観察では,創感染を起こす頻度は熱傷面積に比例していると考えているが,これは「壊れている壁の面積」に比例して不審者が侵入する確率が高くなるのと同じだろう。
 しかし,これらの感染例に対し,抗生剤の点滴投与をしつつ,創面のラップによる閉鎖をしていると,感染症状は速やかに消退するし,創の治癒も順調に起こるのだ。感染症状が軽快しないのは唯一,投与した抗生剤が感染起炎菌に有効でない場合だけである。

 私見ではあるが,創感染を起こしたからといって創面の閉鎖を中断する必要はないし,閉鎖を行いつつ創感染を治療することは可能である。抗生剤の選択さえ間違っていなければ,創感染はコントロールでき,それは創の閉鎖とは無関係である。


 要するに,創感染が起こったからといって,その治療にばかり集中するのは,糖尿病患者の膿瘍形成に対し,膿瘍への治療はするがインスリン投与を中止するようなものである。

 皮膚損傷の治療と,創感染の治療は全く別者であり,両者は同時に行ってこそ意味があり,皮膚損傷の治療を中断するのは治癒を遅らせるだけであり,結果的に見れば,意味がない治療と言っていいと思う。


 しかし現実には,感染を起こした皮膚損傷に対しては,意味のない治療しかされていないはずだ。なぜそうなるかと言うと,損傷の部位(=皮膚)と感染が起こっている部位(=皮下組織)が極めて接近しているため,両者を同一視しているのが原因だろうと思う。もちろん,創感染の起炎菌は創面から侵入しているが,炎症の主戦場は軟部組織であり,創面ではない。

 創感染を起こした創を消毒する医者は,肺炎の患者に対して「鼻から入った細菌が原因だから,鼻を消毒しろ」といっているのと同じである。あるいは,インフルエンザ患者に「治療のためにうがいしましょう」と言っているようなものである。
 いったん肺まで入った細菌(ウィルス)がいたら,もう鼻を消毒しようとうがいをしようと,まったく効果がないのである。

(2004/01/13)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください