イラクでのアメリカ軍と創感染


 アメリカ軍によるイラク占領がもしかしたらうまくいかないかもしれない,ということは,医学的にも証明できるような気がする。なぜなら,アメリカ軍がイラクでやろうとしている「テロ撲滅」は「傷の消毒」と同じだからである。

 この証明に必要な事実は二つで十分である。

  1. 武器,兵器は敵味方,非戦闘員の区別なく人間を殺傷するものである。
  2. 一旦混ざり合ったものを分離するのは不可能である。


 まず,現時点(2003年12月7日)でのイラク情勢をまとめると,次のようになるかな?


 ここで問題は,アメリカ軍が武力でゲリラ勢力を一掃できるかどうかという点にかかっている。相手がテロ組織の場合は,この作戦でもある程度効果があると思うが,相手がゲリラとなると話が違ってくる。ゲリラとテロ組織では,一般民衆との「混ざり具合」が全然違うからだ。この二つの区別をどこでつけるかは非常に難しいが,一般民衆の多数が「あれは迷惑な存在だ」と考えていればテロ組織だろうし,逆に「あいつらのやっていること,わかるよ」と支持する民衆が多ければゲリラではないかと思う(かなり大雑把な分け方だな)。つまりゲリラ兵は一般民衆と混在しているのである。

 その結果,ゲリラは普通の市民と見分けるのが難しいのだ。ここで前述の2番目の定理が効いてくる。「混ざり合ったものから分離するのはえらく大変か,ほとんどは不可能」というやつだ。これは物理的にも熱力学第2法則として証明されているのである。

 となると,ゲリラ組織を攻撃しようとすればするほど,一般市民の被害も増えていく,という事になる。ここで効いてくるのが上述の1番目の定理。

 つまり,「兵士だけ殺す兵器」というのが存在せず,「殺す対象であるゲリラ兵と一般市民を区別する手段」が存在しないのである。殺すとなったら,一緒くたに殺すしかない。もちろん,怪しい地域を住民ごと全滅させれば,ゲリラ兵も一緒に殺せるだろうが,それによって平和がもたらされると考えるのはあまりに脳天気。この作戦で一時期はゲリラが少なくなるから,一時的に平和が訪れるかもしれないが,その後,怒り狂った市民がゲリラ活動に参加することになる可能性が強いからだ。


 と,ここまで書いてきて,この話,どっかで聞いた事があると思いませんか? そうです,ゲリラ掃討作戦のための兵器が消毒ゲリラ兵が創面の細菌ゲリラ兵が暮らしている街が創面に露出している人体組織(細胞)ですね。傷を消毒するというのは,ゲリラ兵も一般市民も区別がつかないから街ごと吹き飛ばしてしまえ,という論理です。

 ここで恐ろしいのは,ゲリラ兵と一般市民を比べると,ゲリラ兵は訓練も積んでいるし,防御法も知っているからいいけれど,一般市民は抵抗する間もなく,真っ先に殺されちゃうのでありますよ・・・ゲリラ兵は死ななくても・・・


 しかも,テロ組織と一般市民は無関係の事が多いけれど,ゲリラ兵になるのはそれまで一般市民と一緒に暮らしてきた人間なんですね。となると,ゲリラ兵を壊滅しようとすると最終的には,全民衆を根絶やしにするしかなくなっちゃう。

 このあたりも消毒と同じ。つまり細菌に例えれば(人間を細菌に例えるのは失礼な話だけど)テロ組織は通過菌であり,ゲリラ組織は創面の常在菌に例えることができると思う。だから,掃討作戦(消毒)でテロ組織(通過菌)は消滅させられるが,同じ作戦をゲリラ(創面の常在菌)相手にとっても,ゲリラ(創面の常在菌)は一掃できないのである。何しろ,ゲリラ(創面の常在菌)兵はついさっきまで,ゲリラ活動にシンパシーを感じている普通の市民(皮膚常在菌)だったからである。

 つまり,ゲリラ組織(創面の常在菌)を根絶やしにしたかったら,通常の武器(消毒)なんて生ぬるい手段を使っても無駄なのである。核兵器傷をガスバーナーで焼き尽くすくらいの事をしないといけないのである。もちろん,この作戦をとったら,後でさらにまずい状況(組織が破壊されて感染しやすい状況がのこる)になる事は言うまでもないだろう。


 では,アメリカ軍は創感染や創傷治癒から何か学ぶことがあるだろうか。これが大ありである。

 まず,テロなりゲリラなり,そういう活動(=創感染)が生まれた背景・環境を知る事である。原因もなしに,これらが生まれる事はないのである。テロ(通過菌)を根絶やしにしろ,と言っているうちはいいが,ゲリラ戦となると話が違ってくる。ゲリラ(創面常在菌)はそれまで普通の市民(皮膚常在菌)である。つまり,ゲリラはけしからんといって一掃しようとすると,一般市民まで殺さなければいけなくなるだけだ。

 それよりは,一般市民がゲリラ活動に参加するようになった社会の背景を分析し,その原因を取り除く事が先決である。創感染の場合はその原因は異物や壊死組織などだが,ゲリラの場合は,自分達の民族の尊厳が踏みにじられたとか,不当に扱われているとか,文化を否定されたとか,民族や宗教で差別されているとか,そういうのが根本にあるはずだ。ゲリラ戦が長引くのは,そのような一般市民の意識が背景にあるからだろう。

 創感染も同じで,感染が起こる背景(異物や壊死組織などの原因)を放置しておいて,抗生剤を投与したり感染創面を消毒しても全く効かないのである。


 というわけで,アメリカ軍が現時点でとっている作戦は,「傷の消毒」と同じなのである・・・と思う。一事は万事に通じ,万事は一事に通じる・・・はずである

(2003/12/08)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください