術後縫合創の離開部や,褥瘡のポケットにヨードホルムガーゼを入れる「治療」が,かなり行われていると思う。この際,この愚行を一刀両断してしまおう。
こういう治療をしている医者を見ると,「あんたの目にヨードホルムを入れてみてもいいよね? 患者の傷に入れて大丈夫なんだから,あんたの目に入れても安全でしょう?」と言いたい。
患者の傷にヨードホルムガーゼを突っ込んでいる医者は,毎日一回は自分の目にヨードホルムを入れてみたらいい。そうしたら,どれほど患者が苦しんでいるかを,身を持って体験できるだろう。断言するが,患者の傷が治る前に,あなた(=医者)は角膜潰瘍を起こし失明しているはずだ。
要するに問題の本質は「細菌がいなくなれば傷が治るの? 細菌がいるから傷が治らないの?」という点に集約されると思う。この主治医はとにかく,細菌がいるから傷が治らないと考え,それ故に細菌を殺す事しか頭にないのだろう。だから,ヨードホルムガーゼを創に入れるのだろう。
何しろヨードホルムは消毒薬である。細菌を殺しているはずだ。ヨードホルムが細菌を殺してさえくれれば,このにっくき「難治性創」は治るはず・・・だ。
ところがどっこい,ヨードホルムでは死なない細菌がかなりいるのだ。嘘だと思ったら調べてごらん。これは厳然たる事実だ。
ヨードホルムで細菌が死なないのだったら,ヨードホルムより確実に細菌を殺す方法を教えてあげるとしよう。傷に沸騰している熱湯を入れて殺菌するか,患者を熱湯に入れて煮たてる事である。そうすれば細菌は「ほとんど」いなくなる。
だが,これだって生き残る細菌はいるのだ。熱湯を注いでも傷は無菌にならないのである。
となると,より完璧を期す必要がある。そのためには,手術創をガスバーナーで焼くとか,あるいは真っ赤に溶けた鉛を傷に流し込む,なんて方法がいいだろう。これなら細菌を一匹残らず殺す事ができるぞ。完璧な無菌状態にできるぞ。そしたら,傷が治るはずだ。
「細菌がいるから感染が治まらない。細菌がいるから傷が治らない」と考えている医師であれば,ここまで徹底すべきである。治らない傷には溶かした鉛を注ぐか,ガスバーナーで焼くしかないのである。「細菌がいるから傷が治らない」と考えている医者ならここまで徹底的に細菌を殺さなければいけないはずだ。それが,科学者である医師の道である。
要するに,ヨードホルムガーゼを傷に突っ込んでいるというのは,「弱火のガスバーナー」で傷を焼くのと大差ない行為なのである。強火だろうと弱火だろうと,ガスバーナーはガスバーナーである。どちらも,人体には甚大な被害を及ぼす点では違いはない。
つまり,細菌を全て殺せるガスバーナーだったら人間はその前に死んでいるし,人間に害がない温度のガスバーナーだったらそもそも細菌は一匹も殺せないのである。
さらに言うと,ヨードホルムガーゼによる重篤な合併症が数多く報告されている。感染創内にヨードホルムガーゼを充填する処置を続けたところ,1週間目から意識障害を生じ,昏睡状態になり,血液検査でヨードの血中濃度が以上高値を示していた,という例が結構多いのである(嘘だと思ったら,「ヨードホルム 合併症」でインターネット検索して欲しい。すぐに見つかるはずだ)。
患者の傷にヨードホルムガーゼを突っ込んで,それで治療をしていると考えている医者は,この危険性に気がついているのだろうか。この危険性を知っていて,ヨードホルムによる治療を続けているのだろうか。
もしもそうだったら,それは勇気ある野蛮な行為と言うべきであろう。危険性を知らずにしているのであれば,それは単なる勉強不足,無知である。
ヨードホルムガーゼで術後離開創や褥瘡を「治療」している医者はこれまでに,ヨードホルムガーゼ充填で術後離開創を治した経験があるのだろうか,と思う。
「治療を続けていたら,いつの間にか,患者が通院しなくなった」とか「数年の経過で何とか治ったような気がする」というのはあったかもしれないが,少なくとも「治療して2ヶ月くらいできれいに治癒した」例は見た事がないはずだ。
ヨードホルムガーゼを使って2ヶ月で創が完全に閉鎖した,というのであれば,私もその方法を「治療」として認めるのにやぶさかではないが,何ヶ月続けても創の状態が改善しないとしたら,やはりその方法は根本的に間違っているのである。
それにしても,なんでヨードホルムガーゼなんだろうか。ヨードホルムに何か医学的必然性があるのだろうか。ヨードホルムガーゼでなければいけない理由があるのだろうか。ヨードホルムガーゼの医学的な意味について確かめてからそれを使っている医者がいるのだろうか。
おそらく,ないと思う。
なぜ,ヨードホルムガーゼかといえば理由はただ一つ,「先輩医師から教えてもらったから」「先輩医師が使っていたから」「それを使うようにマニュアルに書いてあったから」だけだろうと思う。
(2003/12/02)