心臓外科手術後の胸骨正中創離開の治療


 難治性といえば,心臓外科手術後の胸骨正中切開創の離開である。パックリ開いた胸骨を見ていると,これが治癒するとはとても思えないはずだ。しかもその創は縦隔に通じているのである。縦隔炎でも起こそうものなら命に関わる合併症となる。
 私もちょっと前までは,この「胸骨正中切開創離開」は手術的治療(腹直筋皮弁とか有茎大網移植とか)をしなければ治癒しないと思っていた。手術的治療が第一選択だと思っていた。

 しかし最近,保存的治療で十分に治療可能であることを確信した。治療が正しければ,手術しなくても胸骨正中切開創離開は治癒するのである。現在,このような症例を治療中であるが,3ヶ月ほどかかったものの,現在の創の深さは創全域でせいぜい1cm弱であり,露出している胸骨はなく,感染症状は全くなく,あと1ヶ月もすれば完全閉鎖するはずだ。いずれ,写真付きで治療経過を公開しようと思っている。


 治療方法は「すりむき傷の治療」と原理的には同じである。感染源を除去し,創治癒を阻害する因子を徹底的に除き,創の乾燥を防ぐだけでいい。となるともちろん,「消毒薬は絶対に使わない,乾かないように閉鎖する」だけである。原則的にこれを守るだけで,胸骨正中切開部はきれいに閉鎖してしまう。


 まずするのは,感染源の徹底的な除去。具体的には胸骨を結紮しているワイヤーであり,可能ならボーンワックスも除去すべきである。おそらく,全長に渡ってワイヤーの除去が必要になるはずだし,その結果,胸骨は左右に泣き別れとなる。ワイヤーを中途半端に残していると,いつまでも感染が治まらないので,ここは思い切ってワイヤーを抜去すべきである。

 また,発熱があって膿が出ている状態であれば,ガーゼドレナージ(決してガーゼタンポナーデではないことに注意)を行って排膿に努める。そして,発熱などの炎症症状がなくなったら速やかに後述の「湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)にして差し支えない。

 消毒薬と名のつくものは一切使用厳禁! イソジンもヒビテンもイソジンゲルもマキロンも赤チンも,絶対に使っちゃ駄目。使っている限り治りません。離開創を治したくなかったら,消毒薬を使ってください
 実際,これらの使用を止めるだけで創面の肉芽が元気になり,浸出液がきれいになってくるのである。逆に,消毒薬を使えば使うほど,「感染しやすい創面」を作るだけである。


 抗生剤の使用であるが,発熱があって離開部から膿が出ていたら,ワイヤーの完全抜去と同時に投与するが,この場合は「通常より多めの量を短期集中的に投与」すべきである。だらだらと投与していると,必ず耐性菌が出現するからだ。
 ついでに言うと,MRSAが出ている事も多いと思うが,発熱などの感染症状がなくなったら抗生剤投与は直ちに止めなければいけない(たとえ創面からMRSAが検出されていても直ちに中止!)。バンコマイシンを漫然と投与していると,真菌症(まず最初は口腔内真菌症だろうか)になり,さらに悲惨な状態になってしまう。

 「MRSA許すまじ」とばかりに,MRSAを根絶しようとする医師,看護師は非常に多いが,慢性創のMRSAは感染症状がない限り,無視すべきである。MRSAがいたって問題は生じないのである。


 ワイヤーが完全に除去できた段階でPGE1(プロスタンディン)の点滴投与を開始する。これは保険で認められる期限ギリギリまで使った方がいいようだ。もちろんこれは,局所の循環を改善するためである。


 局所治療であるが,「創治癒を妨害する因子」を完全に排除し,「湿潤環境に保つ」だけで十分である。従って,上述のようにあらゆる消毒薬の使用を止め,シャワー浴を積極的に行って創周囲の皮膚を洗って清潔に保ち(もちろん,創も一緒に洗ったっていいよ),その後は創を閉鎖する。
 閉鎖するものは何でもいいが,治療期間が数ヶ月に及ぶため創傷被覆材は使いにくく,食品包装用ラップで創を覆い,漏れてくる浸出液は紙オムツで吸い取るのが最も現実的である。
 治療開始時は,創が深くて浸出液が多いため,ラップなしで紙オムツのみでも問題はない。要するに,創が湿潤に保たれれば,その手段は何でもいいのである。

 なお,軟膏やフィブラストスプレーなどは全て不要であり,一切,使う必要がない。もちろん使ってもいいが,治療効果はラップ単独とほとんど変わらないと思っている。


 要するに,胸骨正中切開部の離開創の治療は,極めてシンプルなのである。このような単純極まりない治療で,おそらく全例,治療可能であろう。


 多分,このような治療原理は,心臓外科の先生たちには受け入れ難いものだろうが,これ以外の治療方法はないのである。それ以外の方法としたら,上述の縦隔再建術以外には存在しないのである。

 要するに19世紀から伝来の間違った医療行為(感染予防のための消毒,イソジンゲルで創を充填,感染予防のためにゲーベンクリーム,MRSAが出ているからバンコマイシン投与,感染予防にヨードホルムガーゼで充填・・・)をしている限り,あなたの患者さんはあなたの治療で苦しめられ,肉体的に障害を受け,経済的損失を受けているのである。


 ヨードホルムガーゼで治療をしている先生,あなたはその治療で治癒した創を見たことがありますか?
 イソジンゲルで創を満たしている先生,あなたはそれで治癒させた事があったでしょうか?
 バンコマイシンで慢性創面のMRSAを消そうと躍起になっている先生,あなたはそれでMRSAを消した事がありますか?
 ゲーベンクリームの抗菌力を信じている先生,あなたの治療で創が治癒したことがあったでしょうか?

(2003/11/18)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください