下腿骨折後の傷が治らない −固定用プレートと感染−


 下腿骨折の観血的整復術後,縫合創が開いたりなかなか治癒しない例がある。中でもプレート固定した症例では極めて難治性だったり,骨髄炎をきたしたりする事があり,臨床上,扱いが難しい事が少なくないが,その原因について考えてみる。


 実際の症例で言うとこんな感じである。いかにもすぐに治りそうだ。しかしここに罠があるのである。

 このような下腿骨折後の離開創や難治性瘻孔の閉鎖術を行なった経験を振り返ると,うまく閉鎖できた例もあれば,逆に感染をきたした例もあるが,それらの経過を自分なりにまとめてみると次のような3群に分けることができそうだ。

  1. 創離開後,早期に閉鎖術を行ない,トラブルなく経過した群
  2. 創離開後,時間が経過してから閉鎖を行ない,トラブルなく経過した群
  3. 創離開後,時間が経過してから閉鎖を行ない,トラブル(ほとんどは創感染)を起こした群

 つまり,創離開(あるいは縫合創縁の壊死)が起こってから短い期間で閉鎖術を行なったものは,ほとんどの例がトラブルなく経過しているのに対し,時間が経過してから閉鎖術を行なった症例はトラブル群と非トラブル群に分かれてしまうのだ。後者を二つに分けている要因は私の経験では,骨折を固定しているプレートが創面に少しでも露出していた時期があったかどうかである。もちろん,露出があったものが感染を起こし,露出がなかったものはほとんど感染を起こしていない。


 これらがなぜそのような経過をたどったかを理論的に考えてみると,次のようになる。

 まず,プレートとその周囲の組織の物理的関係を考えると,プレートは金属であり,いかなる人体組織とも結合する事はない。このためプレートの周囲は一種の「腔」になっているはずである(もちろん,組織圧が加わるため空間としては潰れているだろうが,組織学的に密着しているわけでないので「腔」は必ず存在する)。そして,この腔はプレート全長にわたり存在し連続しているはずだ。閉鎖術後に感染を起こすか起こさないかは,この「腔」のどこまで細菌が入り込んでいるかにかかっていると考えられる。そしてこの「細菌汚染範囲」は,細菌被爆が始まってからの時間依存性に広がるはずだ(細菌が物理的に移動できる距離は時間に比例するから)

 創離開後,短時間でデブリードマン・閉鎖した症例が感染を起こしにくいのは,この細菌汚染範囲が狭く,簡単なデブリードマンで細菌の除去ができるからだろう。逆に,創離開後に時間が経ってからデブリードマンしたものは細菌汚染範囲が広く,デブリードマンで細菌完全に除去するのが困難なためではないかと考えられる。

 また,縫合糸膿瘍などでプレートの露出を伴わない場合は,創離開から時間が経過しても細菌の存在する範囲は縫合糸の周囲にとどまるため,時間がたってからデブリードマン・創閉鎖しても感染を起こしにくいのだろう。


 このように考えると,骨折整復後にプレート固定し,縫合創離開が生じた場合,離開創深部にプレートを触れたら,直ちに皮弁形成術などの創閉鎖術を行うべき,という結論になる(もちろん,単純な再縫合ではまた創が開いてしまう)。同様に,縫合創縁に痂皮(実際には痂皮 crust でなく黒色壊死 eschar である)が付着していて,その直下にプレートがある場合も,黒色壊死が細菌侵入のバリアになっているわけではないため,この場合も早期にデブリードマンを行ない,創閉鎖を講じるべきだろう。


 また,プレートが露出してしまった場合,細菌の侵入を防ぐ手段があるかどうかだが,実際には完全阻止は不可能だろう。感染予防のためと称して消毒することはよく行なわれているが,消毒薬のために創面の壊死が進行し,さらに細菌が侵入しやすい環境を作るのが関の山である。従って,骨折が治癒しているのであれば直ちにプレートを抜去すべきだし,プレート抜去が出来ない場合はむしろ開放創とすべきだろうが,これが感染予防の根本的解決にならないことは言うまでもないだろう。


 なお,このような離開創に対して湿潤療法(うるおい療法,閉鎖療法)が行なえるかどうかだが,プレートが少しでも露出していたら閉鎖すべきでない事はいうまでもないと思う。閉鎖する事で上述の「腔」が閉鎖腔になってしまうからだ。一方,単純な縫合糸膿瘍で開いた場合は,原因となっている縫合糸が除去できれば閉鎖しても構わないが,閉鎖していいか否かの判断は,実際にはかなり難しいと思われる。

(2003/07/11)

左側にフレームが表示されない場合は,ここをクリックしてください