「傷は消毒しない方がいいというのはわかったが,破傷風の存在を忘れているのではないか。破傷風の事を考えたら,やはり消毒は必要ではないか」このような質問を時々いただくので,それへの回答を書く事にする。
まず破傷風についての基礎知識については次のサイトで十分だろう・・・というか,これだけ知っていたら専門家でしょうね。
要するに破傷風は,破傷風菌が体内に入って神経毒素を産生し,強直性痙攣を引き起こし,呼吸障害を起こすなどして死に至る疾患である。現在,国内では年間30〜50例が発症し,死亡率は20%〜50%と極めて高い。一旦発症してしまったら筋痙攣に対する対処療法を行なうしかなく,受傷直後に破傷風ヒト免疫グロブリンを投与するのが最も効果的である。
破傷風菌は土壌中に存在する嫌気性菌であり,通常は芽胞という状態で休眠状態にあるが,これが土などと一緒に傷の中に侵入して目を覚まし,活動を始めることで発症する。要するに外でケガをしたら破傷風を考慮しろ,と,どんな教科書にも書いてある通りである。
よく,古釘を踏みぬくと破傷風になる,と言われるが,これは釘と一緒に破傷風菌が創内に侵入し,そこが閉鎖腔になって嫌気性の条件になるからだろう。
さて,このように恐ろしい疾患であり,発症してしまったら根本的治療は存在しないのが破傷風である。現在でも治療としては上記のごとく,先手必勝で発症を防ぐしかない。
となると,やはり「土が入り込んだ傷は,消毒して破傷風を防ぐべきではないか」ということになりそうだが,実はそうならないのである。
破傷風菌は通常「芽胞」の形態で地中に存在している。問題は「芽胞」という存在形態である。この芽胞,生半可なことでは死んでくれないのである。たとえば,80度の熱湯で煮るとほとんどの生物は死んでしまうが,芽胞はびくともしない。沸騰している水中で15分以上加熱を続けても,まだ芽胞は死なない。紫外線照射にも強く,たいていの微生物が死滅するくらいでもまだ大丈夫だ。
芽胞を殺そうと思ったら120℃で15分間加熱するか,人間には危なくて使えないような強烈な毒性を有する消毒薬を長時間作用させるしかない。要するに,普通に使われている消毒薬でちょっと消毒したくらいでは芽胞は死なないのである。消毒薬で芽胞を死滅させるためには,人間が死ぬくらい(・・・ちょっと大袈裟)にしないといけない。
従って,土が入り込んだ傷だからといって,それを消毒しても破傷風の予防にはならないのである。
つまり破傷風の恐れがある傷の局所処置であるが,積極的に外科的デブリードマンするか,大量の水で洗い流すくらいしかない,ということになる。いずれにしても,通常の消毒薬に効果がないことは明らかだ。
ちなみに,破傷風菌を発見したのはあの有名な北里柴三郎。彼は100年前に既に,土中に存在する破傷風菌芽胞の分布が地表10センチまでで,10センチより深い土にはほとんどいないことを明らかにしているそうである。
(2003/06/19)