例えば自宅の前のドブの臭いがひどいとする。この時あなたはどうするだろうか。消臭剤を撒くだろうか,それともドブ掃除をするだろうか。
もちろん,消臭剤を撒くのは手っ取り早いし手間もかからない。さっと一振りで,臭いは消えてくれる。
逆にドブ掃除は大変だ。臭いし,汚いし,疲れるし,時間も手間もかかる。できたらやりたくないものの一つだ。
しかし消臭剤の効果は一時的だ。多分,朝に撒いたとしても夕方にはまた臭くなっているはずだ。夕方にまた消臭剤を撒いたとしても,翌朝にはまた臭いドブに逆戻り。つまり,この消臭剤作戦はいつまでたっても終わりがない。
逆に,効果が持続するのがドブ掃除の方だ。そもそもドブが臭っているのには何か原因があるはずだ。何かが詰まって流れが悪くなっていることもあるだろうし,腐ったものが流れているかもしれない。いずれにしても,ドブ掃除をしなければその「臭いの原因」はわからないし,その原因を除去してしまえばドブの臭いは確実に消える。そして,新たな「臭いの原因」が発生するまでドブが臭う事はないだろう。
ここで明らかなのは,ドブの臭いは何かの原因の「結果」であって「原因」ではないということである。
なぜ,こんなドブ掃除のことを書いたかというと,医療現場では往々にして「原因には手をつけず結果だけ何とかしたい」という考えがあるからだ。要するに,ドブ掃除でなく消臭剤を,という考えである。
よく受ける質問に「不良肉芽ができて傷が治りません。不良肉芽はどうしたら消えますか?」というものがある。確かに不良肉芽があると傷は治らないし,いかにも不良肉芽が創治癒を邪魔しているように見える。だから,不良肉芽さえ何とかなれば創は治癒するはず,と考える。
しかし待って欲しい。不良肉芽は「原因」だろうか,「結果」だろうか。
不良肉芽が存在するのは,健康肉芽が形成されない「原因」があるからだ。その「原因」が健康な肉芽形成を邪魔しているから,不良肉芽しかできないのだ。つまり,「不良肉芽を消す方法は?」という質問は,「ドブの臭いに効く消臭剤は何?」と聞くのと本質的に同じである。いわばこれは「勉強せずにテストの点数だけ上げたい」と言うのに等しい。
不良肉芽ができる原因は症例によってさまざまだ。壊死組織や異物がある場合もあるだろうし,創感染しているからかもしれない。深部に腐骨化した骨があるのかもしれない。いずれにしても確実に言えるのは,何か「原因」があるという事だ。そして,この「原因」さえ除けば,放っておいても不良肉芽なんてなくなるのである。
このような「原因は放置して結果だけ何とかしたい」というのは別に珍しい事ではない。褥瘡を取りあえずふさごうとして皮膚だけ縫合するのも,難治性瘻孔を閉じさせようとフィブリン糊を瘻孔に入れてみるのも,基本的には同じ発想だろう。
さらに暴論覚悟で言えば,慢性湿疹に対して痒み止め軟膏やステロイド軟膏を処方するのも「湿疹そのものは治らなくてもいいから,とりあえず痒みだけ抑えよう」という発想が根底にあるのではと思う。
同様に,市販の水虫(足白癬)治療薬がうたっている「水虫のジクジクを乾かして治す」というのも,「原因(=水虫)はそのままで結果(=水虫によるジクジク)だけなんとかしよう」という点で,同じ穴のムジナである。
表面に見える症状がなぜ起きているのかを探り,それに対しての対処法を講じるべきだと思う。原因を放置しておいて結果だけ何とかしようとしても,そうは問屋が降ろさないのである。
(2003/05/19)