「ワセリンは鉱物油だから肌に悪い」と主張している人がいますが,これは古い時代の知識に基づいた非科学的なトンデモ説明です。
ワセリンについては以前にも書きましたが,石油を精製する過程でできる鎖状飽和炭化水素(CnH2n+2でn = 16〜20のもの)です。そして石油は2億年前の三畳紀の植物が長い時間と圧力と高熱で変化したものと考えられています(別の説もあるけど)。つまり,植物由来の油を地球が2億年かけてゆっくりと作ってくれたものです。つまり,植物オイルと石油の違いは絞ってから使うまでの時間が数日か2億年かの違いだけです(・・・と私は考えています)。要するに,石油は鉱物を絞って取れる油でもなければ人工物でもなく,間違いなく植物由来の天然油です。だから「ワセリン=鉱物油」という考えはおかしいです。
さらに,「ワセリンは鉱物油で肌に悪い」というのは大昔の「黄色ワセリン」という純度が低くて不純物が含まれていた時代の話です。時代で言えば1960年代以前の話でしょうか。あの頃の黄色ワセリンは様々な不純物を含み,それが皮膚のカブレなどを起こしたようです。しかし,現在の白色ワセリンは高純度でほとんど不純物を含みません(ちなみにプロペトは白色ワセリンをさらに純度を高くしたものです)。つまり,現在の白色ワセリンやプロペトはカブレを起こす成分を含んでいません。だから極めて安全です。
さらに,ワセリンは極めて安全な物質です。人体と反応しないからです。だから,ワセリンを舐めても目の表面に塗っても肌に塗っても,何も起きません。人体と一切反応しないからです。
ワセリンは鎖状飽和炭化水素(CnH2n+2)の一種です。n = 1 ならメタン,n = 2 ならエタンです。鎖状飽和炭化水素は炭素数が少ない場合(=分子量が少ない)は常温でも他の物質と反応しますが,炭素数が増える(=分子量が大きくなる)に従って反応性が低くなり,ワセリンくらいの炭素数になると常温では他の物質と反応しなくなり,反応させるためには外部からエネルギーを投入する必要があります。だから,皮膚に塗っただけでは皮膚と反応できず,皮膚炎を起こすこともできません。「ワセリンは安全な物質」という科学的根拠はこれです。
一方,「植物油は自然の物だから安全」というのは植物学的に成立しません。例えば,ウルシに触ると皮膚がかぶれますが,これはウルシチオールというウルシの葉などに含まれる脂溶性カテコールによる接触皮膚炎です。ちなみにこのウルシチオールはマンゴーの皮にも含まれるため,マンゴーでかぶれる人がいるのはこのためです。また,ウルシチオール以外にも皮膚炎を起こす「天然植物由来成分」は多数存在します。それだったら,成分がはっきりわかっていてしかも不純物が含まれない白色ワセリンの方がはるかに安全です。
ちなみに以前,
アズノール軟膏について説明しましたが,アズノールというのはハーブティーで有名なカモミール
(=カミツレ)の青い色素
(アズレン)の成分です。このアズレンを油
(ワセリン+ラノリン)に溶かし込んだ軟膏がアズノール軟膏で,通常は問題なく使用できますが,ごくまれにアズレンにアレルギー反応を起こす人がいるようです。つまり,安全性という点ではアズノール軟膏は白色ワセリンに劣ります。だから私は,アズノール軟膏でなく白色ワセリンしか使いません。
というわけで,「植物油は自然の産物で安全」とか「ワセリンは鉱物油で危険」と宣伝している人がいたら,その人は科学の基礎を知らないか,自然の植物に過大な幻想を抱いているロマンチストでしょう。あるいは,あなたを騙してインチキ商品を売りつけようとしている詐欺師かも・・・。