エキザルべ軟膏(R)を傷に塗るとどうなるのか


【目 的】
 エキザルべは古(いにしえ)の昔から使われていて,今なお現役という長寿の薬剤の一つである。成分は混合死菌浮遊液とハイドロコルチゾンで,混合死菌の成分は大腸菌死菌,ブドウ球菌死菌,レンサ球菌死菌,そして緑膿菌死菌である。
 これを傷に塗るとどういう現象が起こるのか,自分の体で試してみた。


【Material and Method】
 筆者の右上腕遠位尺側に表皮損傷創を作り(ガムテープを40回ほど,張っては剥がした),ここを二つに分け,一つはエキザルべ塗布,もう一つは白色ワセリン塗布とし,塗布後はガーゼで覆いガーゼは絆創膏固定した。一日に数回,実験部位の軟膏を洗い落としてその状態を観察し,再度,軟膏を塗布してガーゼで覆った。
 創面の観察は実体顕微鏡Dino-Lite Plusで行い,拡大率は60倍とした。


【結 果】

3月17日:実験前 皮膚表層破壊後 健常皮膚と破壊部の境界


10時間後:ワセリン エキザルべ エキザルべ

 エキザルべは塗布直後はワセリンとの違いは感じられず,どちらも痛みは治まり,実験をしていることを忘れそうになった。しかし数時間を経過する頃からエキザルべ塗布部だけわずかに痛くなってきた。ただし気になるような痛みではなかった。


20時間後:ワセリン エキザルべ

 痛いなぁ,と思ったらエキザルべ塗布部分にだけ浅い潰瘍ができていた。シャワーで洗うとすごく痛い。これにて実験中止。
 一方,ワセリンを塗布した部分は全く痛くなく,触っても痛みなし。


【感想めいたもの】
 他の薬剤では見ることがない「混合死菌」というなにやら正体不明ものを主成分とする軟膏だが,これには白血球遊走能増強による感染予防と肉芽形成促進作用を持っていると効能書きに書かれている。
 ずいぶん昔から使われている軟膏という印象を持っているが,開発されたのが1957年で販売が1959年,つまり,私(1957年生まれ)と同い年であり,50年間現役というのは半端ではない。

 この軟膏は今でも広く使われているが,昔から何となく腑に落ちない軟膏だった。なぜかというと,「混合死菌」という成分は他の軟膏には含まれていないものだからだ。そんなに混合死菌が有効と言うのであれば,他の軟膏にも採用されているはずだし,ジェネリックが発売されてもよさそうなものだが,そういうことはないからだ。

 今回の人体実験で見られた潰瘍形成が普遍的に見られるものかどうかは不明だが,いずれ追試してみようと思っている。しかし,現時点では患者さんには使いたくない軟膏に分類しておこうと思う。


 それと,ワセリンだろうとエキザルべだろうとクリームだろうと,よほど障害性の強い成分が含まれて以内限り,塗布した直後は痛みが治まることは何度も経験している。だから,患者さんは「痛みが治まるいい薬」と思って帰宅するだろうし,その後,チクチク痛くても「効いている証拠」と気にしないだろう。また,治癒期間についても他のものと比較しているわけでないので,治療効果に満足するはずだ。

 当たり前のことだが,薬剤や治療法の効果は単剤ではわからないし,「効いている」「痛みがない」という評価も単剤ではわからない。だから,そういう症例を1万例集めても有効性の証明にもならない。要するに「エキザルべ軟膏を使った1万例で有効性が認められた」というのは科学的には全く意味がないことになる。これはもちろん,エキザルべに限った話ではなく,他の軟膏,他の薬剤でも同じ。

 そういえば,大学病の医局に所属していた頃は,頻繁に「抗生剤の術後投与における感染予防効果」の治験をしていたし,メーカーから次から次へと治験依頼が舞い込んだものだった。あれも比較対象を置かない単剤での実験(?)だったが,当時は何の疑問も持たずに治験をまとめ,メーカーが持ってきた治験経過表をせっせと埋めていた。
 こんな簡単なことに気がつかなずに,命令されるままに治験を続けていたのだから,あの頃の私はよほど頭が悪かったのだろう。おまけに,そうやって作られた「抗生剤の術後投与における術後創感染予防」という論文やデータを疑うこともせずに頭から信じ込み,術後に抗生剤をせっせと点滴していたのだから,頭を全然使わずに日常業務をしていたんだろうなぁ。

(2008/03/31)