紫雲膏は傷・ヤケドに使っていい軟膏か


 紫雲膏は,中国の明代の潤肌膏をもとに華岡青洲(世界最初の全身麻酔を行った江戸時代の医師)が創案した軟膏であり,現在,漢方の軟膏としては最も有名なものである。成分は

であり,効能効果としては「ひび、あかぎれ、しもやけ、ただれ、外傷、火傷、痔核による疼痛、肛門裂傷、かぶれ、あせも」があるオールラウンドの軟膏である。創面にこの軟膏を使用した場合,どのような変化が生じるかを科学的に追跡した研究が見当たらなかったため,我が身を犠牲にして人体実験することにした。


【Material and Method】
 実験部位は筆者自身の右下腿内側近位。
 ここに5×1.5cmの範囲を決め,強力な荷造り用テープ(ガムテープ)を「貼っては剥がす」作業を50回繰り返し,皮膚損傷モデルとした。

皮膚破壊部位
 そして,皮膚破壊部位を次の2つに分けた。  観察部位は次の4箇所とした。
紫雲膏塗布 観察部位 実験開始のCの状態

 紫雲膏は1日3回塗布し,そのたびに創面の状態をPentaxのコンパクトデジカメ,Optio W90で記録した。
 なお,Cの画像を見ると,損傷部位は「出血はないが,毛細血管は透見できる」状態であり,損傷は角質と表皮にとどまり,真皮までは損傷されていないことがわかる。


【結 果】
 紫雲膏を塗布した直後,痛みは全くなく,むしろ拍子抜けするくらいだった。実験開始9時間後の状態を示すが,全体は紫色に染まっているだけである。

9時間後の全体像 A B C

 Aの「紫雲膏塗布部位」に発赤が見られるが,特に痛いわけではない。その後数回,軟膏を落として撮影し,紫雲膏を塗布したが,特に変化はなかった。


 状態が変化したのは実験開始から28時間後であった。1箇所,紫雲膏を塗布した直後から鋭い痛みが生じたのだ。拡大してみると「皮膚が剥げた」感じに見えたが,この時点では何が起きているかわからなかった。ちなみに,その他の部分にはこのような鋭い痛みはなかったが,全体に鈍痛を感じるようになった。

28時間後の全体像 B C 矢印が痛い部位


 上記の「鋭い痛み」の正体がわかったのは33時間後だった。紫雲膏塗布部位は治癒しているのでなく痂皮が覆っていて,痂皮が乾燥して剥がれ,創面が露出したのだった。そのために痛みが生じたのだ。

33時間後:痂皮が剥がれた その下はこうなっていた A:潰瘍になっている


 その後も1日3回の紫雲膏塗布を続けた。実験開始から52時間後の状態を示すが,塗布直後は安静にしていても痛く,創面に固着した紫雲膏を除去することすら激痛で不可能となり,キシロカインゼリーを塗布してから洗い落とす羽目になった。

52時間後の全体像 A B C


 68時間で人体実験終了とした。痛みが耐えられないレベルになったからだ。Cの拡大写真を見て,ゾッとした。

68時間後の全体像 @ A B C


【考 察】
 今回の実験を通じて,不思議に感じた点が幾つかあった。

  1. 「紫雲膏 熱傷」をネット検索するとわかるが,「紫雲膏は熱傷の特効薬」,「紫雲膏はよく効く」という記事を多数見つけられる。なぜ,「彼らの熱傷にはよく効いた」のか?
  2. 実験当初,紫雲膏を塗布しても痛みが全くなかったのはなぜか?
  3. 痂皮形成,潰瘍形成はなぜ起きたのか?
 これらについて考えてみた。

 まず,「実験当初,紫雲膏を塗布しても痛みが全くなかった」理由である。紫雲膏の成分は前述のように「胡麻油,蜜蝋,豚脂,紫根,当帰」であり,最初の3つは油脂性基剤,最後の2つが主剤だろう。すなわち,油脂性軟膏の一種と考えてよさそうだ。このため,塗布しても痛みが生じなかったのだろう。

 次に「痂皮形成,潰瘍形成した理由」だが,当初は「紫根,当帰」のどちらかが原因と想像したが,実験終了後48時間以上経っても創面が紫色に染まっていることに気付き,この紫色の色素(おそらく紫根の色素だろう)が原因だろうと推論した。
 染料として使われる色素や医療用の色素(ピオクタニン,アクリノールなど)は,タンパク質などにキレート結合することで繊維や生体を染色する。この結合は強固であり容易なことでは離れない(だからこそ染色できるわけだ)
 このキレート作用で紫色の色素が創面の細胞膜蛋白などと強固に結合するのであれば(実際,私の創面ではいくら洗っても紫色は取れないのである),細胞膜は破壊されるだろうし,浸出液と結合すれば痂皮になりそうだ。これで私の創面で観察された現象が説明可能となる。

 次に,「紫雲膏は熱傷によく効く」のはなぜか。理由は次のどれかだろう。

 ちなみに,ネットに氾濫する「〇〇がヤケドにすごく効いた」という情報のほとんどは鵜呑みにできない。何と比較してよく効いたのかが書かれていないし,そもそも熱傷深度も不明だ。一生のうちに2度も3度も火傷をする人はそんなにいないだろうから,「別の治療法と紫雲膏を比較する」ことは個人には不可能だ。また,病院に行かずに素人が治せる熱傷はT度熱傷か面積の小さなU度熱傷だけであり,素人の方が「この軟膏はヤケドに効いた」というのはこのいずれかだろうと推断できる。

 T度熱傷に対してなら紫雲膏を使っても問題ないと思われるが,私は絶対に使わない。値段が高すぎるからだ。今回の人体実験で私は14gで840円の紫雲膏(=1gあたり60円)を自腹購入して実験に使ったが,500gで1,000円の白色ワセリン(=1gあたり2円)と比べると値段は30倍だが,白色ワセリンに対し30倍の治療効果を紫雲膏が持っているとは到底考えられないのだ。
 もちろん,金が有り余っている人なら紫雲膏を使うのも悪くないだろうが,私には紫雲膏は気軽に買えない高価な薬剤である。


 もちろん,「紫雲膏は傷・ヤケドの特効薬であり,潰瘍を作るとは教科書に書かれていない。だから,紫雲膏で傷・ヤケドが悪化することはありえない」と反発される人がいらっしゃると思うが,反論するのであればまず自分の体でこの実験を追試して欲しい。実験自体は簡単なので,誰にでもできると思う。その上で,全く異なる結果が得られた場合にのみ,抗議・反論を受け付けることにする。自分の体で実験する度胸も根性もない人間からの反論は一切受け付けないので,そこんとこはよろしく。


 さらに,実験終了から8ヶ月経過時の状態である。

 あれからもう半年以上経っているのに,まだくっきりと紫雲膏塗布部にだけ色素沈着が残っている。しつこいというか恐ろしいというか,とにかく「良い子は真似しちゃだめだよ」とだけしか言うしかない。この跡はあと何年たったら消えるのだろうか?

(2012/06/19)

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