ヒルドイドソフトという塗り薬がある。主成分はヘパリン類似物質であり,効能書きを見ると「保湿効果による皮膚乾燥症状の軽減。塗布部位の血行促進」とあり,皮脂欠乏症,角化症、凍瘡(しもやけ)、ケロイドなどが適応疾患としてあげられている。しかし以前からこの薬は本当に保湿効果があるのか,本当に乾燥肌の治療効果があるのか疑問なのである。
まず,ヒルドイドソフトの成分を詳しく見てみると「ヘパリン類似物質,グリセリン,流動パラフィン,白色ワセリン,サラシミツロウ,グリセリン脂肪酸エステル」とある。
ヘパリン類似物質というのは何かというと,「構造式がヘパリンと似ている物質」の総称であり,これについては金沢大学のサイトが一番よくまとまっている。要するに,ムコ多糖の多硫酸化エステル,すなわち「D-グルクロン酸とN-アセチル-D-ガラクトサミンからなる二糖を反復単位とする多糖体をSO3-で多硫酸化したもの」とのことである(わかったフリをして書いてますが,実はよくわかっていない)。この物質は親水基(硫酸基、カルボキシル基、水酸基など)を多く含む水溶性物質であり,水分子と結合するため「保湿能力が高い」と言われているわけだ。
また,前述の成分のうち,ヘパリン類似物質とグリセリンは水溶性物質,一方,パラフィンとワセリンとミツロウは油そのものである。この両者を溶かし込むために,グリセリン脂肪酸エステルという非イオン系の界面活性剤が必要となるわけである。
こういうことが分かってくると,実はこの塗り薬は保湿剤でもないし,それどころか皮膚の乾燥を悪化させているのでは・・・ということに気がつくはずだ。
まず,界面活性剤だが,これはもちろん皮膚を守っている脂である皮脂を融解して除去すると予想される。つまり皮膚を乾燥させ,皮膚常在菌のエネルギー源を奪ってしまう。皮膚にとっては最悪である。
そして,「水分子と結合するから保湿能力が高い」というのも化学的に考えると眉唾ものだ。「水分子と結合する能力」と「水分子を他の物質に与える能力」は全く別物だからだ。ヘパリン類似物質と水分子は水素結合で結合しているはずだが,皮膚の上に塗ったヒルドイドがこの水分子を皮膚上に放出するためには水素結合を切り離す必要があり,これをするためには外部からエネルギーを投入する必要があるからだ。
これはDaily Portal Zの二つの実験系の記事を読むとよくわかる。
前者は最後のほうで「ゲルは紙おむつの中身なのだから保水力もすごいはずだ。それなら植物を育てられるのでは?」と実験し,後者は水をたっぷり含む寒天でモヤシを育てる実験をしてるが,どちらも見事に失敗しているのだ。つまり,水を豊富に含む親水性物質の中で植物は水不足で枯れてしまうのである。要するに,「水をタップリと保持している」からと言って「保持している水を植物に与える」わけではないのだ。
と,ここまで来たら,ヒルドイドソフトが実際に油を溶かすかどうかを実験してみようと思う。
【実験1】
手にワセリンを塗り(ワセリンによる手荒れの治療参照),その後,手の尺側半分にヒルドイドソフトを塗ってみた。すると,ヒルドイドソフトを塗った方だけワセリンが溶けてしまい水をはじかなくなった。ということは,皮脂も溶かすということが判る。
ワセリンを塗ったら水をはじく | 尺側だけヒルドイドを塗る | 環指だけ水をはじかなくなった |
【実験2】
油性マジックを皮膚に塗り,半分だけヒルドイドソフトを塗ってみたら。見事なほど,油性マジックが落ちていることが判る。石鹸よりはるかに油性マジックが落ちるのだ。自転車修理などをしていて手が油で汚れたら,石鹸でなくヒルドイドソフトで落としたほうがはるかに効果的であることが判る。
油性マジックで腕に落書き | 半分だけヒルドイドを塗る | マジックが落ちた! |
なお,これを受けてある先生がヒルドイドローションについても同様の実験をしてくれたが,ヒルドイドソフト同様,ワセリンも油性マジックもきれいに落ちてしまったそうだ。というわけで,「油汚れにジョイ」ではなく「油汚れにヒルドイド」である。
ちなみに,2011年3月から小林製薬が「傷を綺麗に治す」という効能をうたってアットノンの販売を介しているが,成分は「ヘパリン類似物質」とあり,中身はヒルドイドそのものと思われる。大昔から使われているヒルドイドをあたかも新薬のように売り出す手法は,いつもながらの小林製薬である。ちなみにヒルドイドを肥厚性瘢痕に使っても全く効かないことは言うまでもないだろう。
(2011/06/02)