このように皮膚移植術について説明していくと,次のような疑問を持たないだろうか? 「これほど医学が発達し,臓器移植が日常的に行われているのに,なぜヤケドになると自分の皮膚で治療するのだろうか? 人工の皮膚とかないの?」
この疑問は当然だと思う。何しろそこらの病院で腎臓移植が行われているし,角膜移植も心臓移植も普通に行われているからだ。どう考えても,心臓移植より皮膚移植のほうが簡単なはずであり、心臓移植をするように他人から持った皮膚を移植すればいいではないか。
理由は簡単で,他人の皮膚を移植するのは簡単だが、すぐに拒絶されて剥がれてしまうからだ。拒絶反応であるが、実は、他人の皮膚に対する拒絶反応は半端でなく激しいらしい。
皮膚は外界との境界であり,四六時中,化学物質やら病原体やらが皮膚から中に入ろうとしている。こういう連中が体内に入るのは非常にまずいため,皮膚は物を通さない構造にし,さらに「外から入ってくるよそ者」感知器を設置して,こいつらをブロックするわけだ。
いわゆる免疫反応,免疫機構であり,人体の色々なところで「よそ者許すまじ」と免疫細胞が頑張っているのだが,皮膚のように常に外界に露出しているところでは,特に頑張ってもらわないと健康が保てないのである。
ところがこの免疫反応は当然,他人から移植された臓器にも発揮されることになり,「他人の皮膚」に対しても免疫システムは容赦なく攻撃を仕掛けてくるわけである。要するに,他人の皮膚を移植してもすぐに拒絶され,脱落してしまうのだ。
それなら、他人からの皮膚を移植した後に免疫抑制剤(心臓移植や腎移植のあとにはこれを内服して免疫を抑え,拒絶反応を抑えている)を飲めばいいんじゃないの、と誰しも考えると思うが、免疫抑制剤というのは無害な薬でなく,感染症が起きやすい状態になってしまう。しかし,「心臓移植や腎臓移植が必要という状況」=「生死に関わる状況」だから,免疫抑制剤のデメリット(=感染症が起こりやすい)を上回るメリットがあり,免疫抑制剤を飲んでいるわけである。だが、皮膚移植によるメリットと免疫抑制剤によるデメリットを比べるとどう考えても釣り合いが取れず,免疫抑制剤を飲ませてまで他人の皮膚を移植することは誰も選択しないのだ。ちなみに、全身状態が瀕死の重症状態では他人の皮膚でも一時的に生着するようだが、その状態を脱して元気になると他人皮膚を排除してしまうようだ。
こんな訳で,他人の皮膚は基本的に生着せず,全身の皮膚が無くなった時の緊急避難的被覆として使われる程度らしい。
(2011/06/06)