「論文は批判的に読む」というのがEBMの基本らしいので,私なりに「批判的に読む」真似事をしてみようと思います。まぁ,暇潰しネタみたいなもんですね。
読んでみるのはちょっと古いが,京都大学が2005年に発表した『水うがいで風邪発症が4割減少 ー世界初の無作為化試験で実証』という研究(PDFバージョンはこちら)です。風邪予防にはうがいが有効,というエビデンスとして,繰り返し繰り返し引用されている文献です。
とは言っても,この論文を選んだのは昔から教材に使っているから,というだけのことで,特にこの論文がひどいとか悪いとか,そういうことではありません。公衆衛生学の分野ではよくあるタイプの研究であり普通の水準の研究だと思われるので選んだだけですので,悪しからず。
なお,眉にたっぷり唾をつけてからお読みくださるよう,お願い申しあげます。
この論文を読んで,私が一番最初に疑問を感じたのはグラフです。グラフの横軸は「日」ですが,折れ線グラフを見ると60日間,毎日,休みなしにデータを取っていたことがわかります。ここで次の2点が不思議に感じられました。
論文を読むと,全国18の地域で,400人弱を対象に実験が行われたことがわかります。この「18の地域」はなぜ18なのでしょうか。なぜ17でもなく23でもなのでしょうか?
この研究は,恐らく公衆衛生学講座が企画したものでしょう。恐らく,教授あたりが「風邪予防にうがいが有効である,と言うデータはどこも出していないので,うちの医局でやってみよう」と発案したのでしょう。そこで教授は講師あたりに「うがいの風邪予防効果について臨床実験をやってみてくれ」と言うわけですね。
言われた講師は,臨床実験の設計図を作りますが,全国各地で行うには医局員を総動員しても多分足りません。そこで,「以前,公衆衛生学で学位を取った内科医などに連絡して,調査への協力を要請する」ことを思いつきます。と言うか,私にはこの方法しか思いつきません。
多分これが「全国で18カ所」の理由ではないかと邪推します。
ここで,実際にデータを集めることになった18人の身になって想像・邪推します。18カ所で400人弱と言えば,一人で20人を管理しなければいけません。それも,60日間,毎日毎日です。しかも,自分が今やっている仕事(=研究とか診療とか)の合間を縫って行う必要があります。
この研究でもっとも正確にデータを出すなら,20人を毎日自分が診察して「この人は風邪,この人は風邪でない」と診断すればいいですが,これは現実的に不可能です。通常診療の他に20人が外来にやってくることになるからです。しかも被験者は健康人ですから仕事を持っていたり学校に行ったりしています。アメリカなら軍隊で調べるという奥の手がありますが,日本では無理です。
となると,被験者を日中診察するのは不可能です。しかも,被験者が旅行に行ったり,データを取る医者が出張に行ったりして不在になることは日常茶飯事です(何しろ60日間ですから)。これでは「60日間毎日データを取る」ことは不可能です。
それにも関わらず,データが取れているということは,被験者から「今日は私は風邪を引いていません」というように電話かメールで毎日,連絡をもらっていたとしか考えられません。これなら休みなしに毎日データが取れます。
しかしここで問題が生じます。「風邪かどうか」の判断を誰がしたか,という問題です。
風邪かどうかの診断基準はありませんから,たとえば「37.5℃以上の発熱,咳と鼻水と喉の痛み」のような基準を独自に作っていて,電話で被験者に「風邪ですか?」と尋ねていたとすると,診断者は被験者自身です。
ここで被験者の心理に立ち入ってみると,「鼻水と咳」があったとしても,被験者によって判断は次のパターンにわかれます。
うがいについてどう考えているか | どの群に入れられたか | 自分が風邪だと思うか思わないか |
---|---|---|
うがいは風邪予防に有効 | うがい群 | うがいをしているから風邪をひくワケがない。だから風邪ではないと考える |
うがいは風邪予防に有効 | 非うがい群 | うがいをさせてもらえなかったから風邪をひいたと考える |
うがいは風邪予防には無効 | うがい群 | 多分,風邪じゃないよな |
うがいは風邪予防には無効 | 非うがい群 | 多分,風邪だな |
要するに,被験者は自分がうがいをしているかしていないかがわかるため,回答にはバイアスがかかりまくりです。
公衆衛生学系のコホート研究は大規模になればなるほど,私から見れば「胡散臭さ」が増大します。
研究の対象の病人なら医者の言うことをおとなしく聞きますが,相手が健康人の場合,医者の指示通りに365日生活するなんて,絶対に無理だからです。第一,人間は飽きっぽくて忘れやすいのです。つまらない作業(=医者の命令通りにうがいをする)ほど手抜きをしたくなるし,回答するときはもちろん,「毎日うがいをしてますよ」と答えます。
だから,今回の風邪予防について本気で研究するなら,本来であれば医者が毎日個人面接をして判断しなければいけないのに,それをするためには医者は被験者に24時間つきまとわなければいけないはずです。だって,いつ風邪をひくかわからないですから。
逆に言えば,24時間ストーカーでもしない限り,「風邪の予防」の正確なデータなんて出せないってことです。もちろん,職場でも24時間見張っていないとダメです。禁止されていること(=うがい)をするのは人目につかないところ,と相場が決まっていますからね。
そういう意味で,「糖尿病発生と長期食事指導:大規模コホート研究」の代表格として,これまた繰り返し,繰り返し,繰り返しエビデンスとして引用されている「福岡県久山町研究」ですが,すごく胡散臭いんだよね。
だって,この町には1999年には巨大ショッピングモールができて,そこに超人気食品売り場ができたからです。そこで地元の人達が何をどれだけ買っているかを見れば,一目瞭然とか・・・(お店が何で,そこで何を売っていて,サイズはどのくらいでお値段はいかほどか・・・はググればすぐにわかります)。
以前,この問題を内科の先生に指摘したら,「そんなことを言われたあらゆるコホート研究が不可能になり,公衆衛生の研究そのものが崩壊する。コホート研究は性善説の上に成り立っているんだから,それは指摘しない方がいい」と指導的注意を受けました。それこそ,本末転倒の発想じゃないかと思うんだけど・・・。
(2011/09/18)