黄色ブドウ球菌についていろいろ調べていたら面白い情報があった。黄色ブドウ球菌の培養実験では培養初期はゆっくりと増殖する「増殖準備期」,その後,急速に増殖する「対数増殖期」を経て,細菌密度がある値に達して増殖が遅くなる「静止期」と増殖速度は変化する。さらに,細菌密度が低い時期の黄色ブドウ球菌は接着因子や付着因子を多く産生し,静止期に近づくと菌体外へ毒素や酵素を分泌するようになるそうだ。これには環状チオラクトンというペプチド(細菌が菌体外に常に産生している)が絡んでいて,これがある濃度を超えると,遺伝子複写が増殖関係から病原因子の産生に切り替わるからだ。
これからすると,創面に細菌が定着して増殖すると,ある時期から増殖から毒素・酵素産生に切り替わることで創感染が起こるようになるのではないか,ということになり,colonizationからinfectionへの変化をもたらすのだろうなと考えてしまう。
だが,これは正しいのだろうか。
ここで,細菌の分裂について単純計算で遊んでみる。例えば,黄色ブドウ球菌は環境が適していれば,20分から40分で一回分裂する。例えば,40分に1回分裂するとしたら,2時間で3回分裂し,12時間なら18回,24時間では36回分裂するわけだ。つまり,2時間後には8個(=23),12時間後には262,144個(=218=2.6×105),18時間後には134,217,728個(=227=1.3×108),24時間後には68,719,476,736個(=236=6.8×1010)となるわけだ。
一方,黄色ブドウ球菌のサイズはだいたい1μm,つまり1/1000mmである。つまり,時間ごとの細菌の個数を面積に換算すると,2時間後には約3×3μm,12時間後には0.5×0.5mm,18時間後には1×1cm, 24時間後には26×26cmとなる。要するに,12時間までは肉眼で見えるか見えないかだが,それ以降は肉眼で見える人間の日常サイズのコロニーを作るということだ。つまり,私たちが日常的に目にするサイズの創面は,1個の細菌が侵入したらそれから24時間以内に間違いなく細菌に埋め尽くされ,おそらく「静止期」に入るはずだ。
もちろん,増殖準備期の長さは条件によって決まるし,創の状態が黄色ブドウ球菌増殖に最適でないこともあるだろうから,必ずしも上記の計算通りに増えるわけでないだろうが,いったん対数増殖期に入ってしまえば数センチの傷の黄色ブドウ球菌は半日で静止期に入ってしまうとみて間違いないだろう。
これから考えると,傷表面の黄色ブドウ球菌は遅くとも24時間で対数増殖期から静止期に入り,菌体外へ毒素や酵素の分泌が始まることになる。そしてそれ以後は細菌数(密度)は増えも減りもしないだろうから,細菌が一定の速度で毒素を分泌していると仮定すると,創面全体で産生される毒素の総量は時間の経過とともに直線的に増加するはずだ。となると,傷ができて半日くらいまでは感染の危険性はなく(毒素をまだ産生していないから),それ以降は時間の経過に比例して感染の危険性が高まることになるはずだ。
ところが,私の経験では受傷後の時間経過と創感染発症数には関連性があるようには見えないのだ。とりわけ,褥瘡やⅢ度熱傷,皮膚全層欠損層では創面が肉芽で覆われてしまえば創感染を起こす例はほとんどないのである。数年以上,細菌だらけの肉芽面(潰瘍)は感染を起こさないのだ。もちろん,このような肉芽表面では静止期に入った黄色ブドウ球菌がセッセと(?)毒素を作っては分泌しているはずなのに・・・である。
これはなぜなのだろうか。時間の経過とともに感染毒素が増加しているはずなのに,なぜ創感染は時間の経過とともに増えないのだろうか。
これを説明するための仮説をいろいろ考えているところだが,まだ決定的なものは思いつかないままだ。私が考えついた説明は次のとおり。もちろん,他の可能性もあると思う。
(2010/11/08)