クロストリジウム属に見るライフスタイルの選択


 破傷風についていろいろ調べているうちに,とても不思議だったのが,「破傷風菌は嫌気性菌なのに,なぜ地表から10センチまでの浅い土壌の中でしか検出されないのか?」ということだった(ちなみに,「破傷風菌の芽胞は浅い土壌でしか見つからない」ことを最初に報告したのは,かの北里柴三郎である

 要するに,破傷風菌は酸素のない状態でしか増えられないのに,酸素の豊富な浅い土壌でしか見つからないのだ。もちろん,土壌中の破傷風菌は芽胞になっていているから酸素があっても問題ないが,それにしても,何もわざわざ自分が生存できない環境にいることもないだろうと思ったのだ。

 長年これが疑問だったが,破傷風菌の代謝系がわかったらあっさりと氷解した。破傷風菌が苦手な好気性環境に身を潜めているのは,破傷風菌が増えていくために必要だったのだ。いわば,彼らの生き残り戦略なのである。そして同時に,破傷風菌にとって破傷風毒素は生きていくためになくてはならないものなのだ。

 なお,以下の文章のデータ等は『微生物はなぜ病気を起こすか―ゲノムの特徴』を参照させていただいた・・・というか,パクッている部分が多いことを最初に断っておく。


 破傷風菌はクロストリジウム属のグラム陽性桿菌だ。クロストリジウムには次のような特徴がある。

  1. 芽胞を形成する
  2. 世界中の土壌や動物の腸管内に生息する
  3. 発酵(=嫌気性呼吸)により水素や炭酸などのガスを発生する
  4. 80種類ほどが確認されているが,ほとんど無害であり,一部のもの(ボツリヌス菌,破傷風菌,ウェルシュ菌,ディフィシル菌)だけが病原性を持つ(ちなみに,ウェルシュ菌が起こすのがガス壊疽,ディフィシル菌は下痢や偽膜性腸炎を起こす)


 破傷風菌とウェルシュ菌の毒素を比べると,破傷風菌毒素を作る遺伝子はプラスミドにあり,ウェルシュ菌の病原遺伝子は染色体上に存在するが,病原遺伝子のサイズではウェルシュ菌の方が圧倒的に大きい。ちなみに,ウェルシュ菌の染色体上には多種類の酵素(コラゲナーゼ,ヒアルロニダーゼ,シアリダーゼなど)を作る遺伝子があり,これらの酵素が動物の皮下組織・結合組織を破壊するわけである。

 病原性クロストリジウムのウェルシュ菌に特徴的なのは,ほとんどのアミノ酸を合成できず(わずかにシステインやグリシン,セリンを自前で合成できる程度),必須アミノ酸を作り出せない点にある。また,破傷風菌はウェルシュ菌ほどではないが,やはりアミノ酸合成に関しては不完全な能力しか持っていないらしい。
 一方,非病原性クロストリジウムであるアセトブチリカム菌は生存・分裂に必要なあらゆるアミノ酸を合成する能力を持っている。

 つまり,アセトブチリカム菌は自前で増殖を続けられるが,破傷風菌とウェルシュ菌はどこかから必須アミノ酸を調達できなければ増殖できないことになる。とは言っても,アミノ酸はそこらにある物質ではないし,待っていれば空から降ってくる物質でもない。となれば,破傷風菌やウェルシュ菌は自分から積極的に見つけ出すしかない。それがガス壊疽であり破傷風なのだ。


 皮下のどこかに侵入したウェルシュ菌はさまざまな分解酵素を産生することで皮下組織を破壊してガス壊疽を発症させるが,壊死した組織にはタンパク質とアミノ酸が含まれる。同様に,破傷風は動物にとって致死性の疾患であり,死体はやがて腐敗しやはりタンパク質とアミノ酸の塊となる。このようにして生じたアミノ酸を利用して,ウェルシュ菌や破傷風菌は増殖するわけである。つまり,ウェルシュ菌や破傷風菌にとって,ガス壊疽や破傷風を起こすことで種族を維持しているわけだ。

 ここまでくると,なぜ破傷風菌が浅い土壌でしか見つからないのかわかる。浅い土壌にいて傷ついた動物が来るのを待つしかないからだ。いわば,クモが巣を張って昆虫が引っかかるのを待つように,破傷風菌は浅い土壌で餌が来るのを待っているのだ。

 また,彼らが腸管に生息している意味も明らかだ。糞として外に出ればそこには他の動物がいるからだ。要するに破傷風菌やウェルシュ菌にとっては,狩りに出るようなものだ。草食と肉食に分ければ,ウェルシュ菌と破傷風菌は肉食系,アセトブチリカム菌は草食系である。


 ちなみに,破傷風菌の病原遺伝子はプラスミドに存在するが,これは外来性の遺伝子,つまり外から持ち込まれたものと考えられている。破傷風菌の進化については全くわかっていないが,勝手に想像すると,アセトブチリカム菌のように完全な代謝系を備えていたクロストリジウムにプラスミドを通じて破傷風毒素が持ち込まれ,その後,段階的にアミノ酸合成能を失っていったと想像される。

 一方のウェルシュ菌の病原遺伝子は染色体上にあって外部から持ち込まれた形跡はなく,病原性能力はウェルシュ菌がウェルシュ菌であるためのアイデンティティの本質をなすものらしい。このため,ウェルシュ菌は地球に登場した時から動物にガス壊疽を起こす病原菌だったと考えられているそうである。もしもそれが正しいとすれば,ウェルシュ菌は陸上に動物が登場した後に誕生したことになる。餌となる動物がまだ陸に上がっていない世界では元祖ウェルシュ菌は増殖できず絶滅するしかないからである。


 草食動物と肉食動物を比べると,ビクビク逃げ回っている草食動物より,それに肉食動物の方がなんとなく格好良く見えるが,ウェルシュ菌とアセトブチリカム菌を傍目で見ると肉食のウェルシュ菌の方がしんどい生き方を選択したように見えてしょうがない。
 要するに,ウェルシュ菌は苦手な好気性環境で,いつ来るともしれない傷のある動物を待ち,運良くそういう傷に潜り込めれば爆発的に増えられるが,そうでなければずっと土の中で芽胞を作って眠っているしかないのである。つまり,いつ当たるかわからない万馬券を当てにして競馬場で寝泊まりしているみたいなものである(変な喩えだけど)。確実性と安定性に欠け,長期展望のないライフスタイルである。

 だがこれはあくまでも,人間のタイムスパンでの見方である。個体の寿命や個体の死という概念がない細菌の世界では,もっとゆるやかに時間が流れているからだ。人間,そして脊椎動物にとっては1日や1年という時間の単位は生活の根幹をなす重要な時間単位だが,細菌にとっては1日・1年という時間単位は恐らく何の意味もないのだろう。同様に,芽胞になって眠っているクロストリジウムにとって,1年も10年も違いはないのかもしれない。

 破傷風菌もウェルシュ菌も人間(動物)から見ると病原菌そのものだが,破傷風菌もウェルシュ菌も他の生き方はできないわけである。病原菌になったのにはそれなりの理由があったのだ。肉食獣が草食生活できないように,ウェルシュ菌はガス壊疽を起こして生きる以外に術はないのである。

(2010/10/28)

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