皮膚科医から爪白癬として診断され,抗真菌剤を処方されている高齢者が多いが,彼らの爪を見ていつも疑問に思うことがある。
爪甲は大雑把にいえば,爪母で作られ,爪床と結合しながら伸びていくことで作られる外胚葉器官である。だから,爪母が傷つくと爪は生えてこないし,生えてきても不完全な爪にしかならない。同様に,爪母が正常でも爪床が損傷を受けると正常な爪甲にはならない。まして爪床が完全に瘢痕化すると爪床から爪甲への血流が遮断されてしまうため,爪甲は爪床から剥がれて遊離した状態となり,こうなるとどんな治療をしても正常な爪甲に戻すことは不可能だ(唯一,健常な他の指の爪床を移植するしか治療法はない)。正常な爪甲ができるのには,正常な爪母と爪床が必要なのだ。つまり,「原因」と「結果」でいえば,爪母と爪床が「原因」,爪甲は「結果」だ。
このような観点から,高齢者の爪甲を虚心坦懐に見てみよう。その多くは爪甲が肥厚して白濁し,爪床と爪甲の結合性は弱く(=爪が剥がれやすく),検鏡すれば白癬菌が検出される。このような爪を「白癬菌が検出されたのだから爪白癬だ」と診断するのは容易だ。しかし,このような爪甲は白癬菌しか住めない爪甲ではないか,と考えるとどうなるだろうか。
「白癬菌は爪甲からは本来検出されない真菌である」というのは事実だが,それはあくまでも「爪甲が正常(=爪母も爪床も正常)である」という場合である。これを白癬菌側から見ると,健康な爪甲は白癬菌の生存に適していない,適していないから定着したくてもできないということになる。もしも「爪母と爪床が正常で爪甲から爪白癬が検出される」のであれば,抗真菌剤を投与すれば白癬菌のいない爪甲に戻るはずだ。爪母も爪床も正常だからだ。
しかし,爪母か爪床が損傷を受けたり血流不全に陥ったらどうなるだろうか。こうなると正常な爪甲は生えてこなくなり,生えてきた爪甲の物理的・化学的状態が正常な状態ではなくなる。そして,こういう爪甲が「白癬菌に適した状態・白癬菌しか住めない爪甲」ではないだろうか。
このような爪甲から白癬菌が検出されることは異常なのだろうか。「白癬菌しか住めない爪甲」から白癬菌を除去したとして,その爪甲は「白癬菌が住まない正常な爪甲」に戻るのだろうか。このような爪甲を正常な爪甲に戻すためには,白癬菌の除去ではなく,爪母と爪床を健康な状態に戻すしかないのではないだろうか。
高齢者の白濁して肥厚した爪甲を見ていると,これは砂漠のようなものではないかと思ってしまう。砂漠化の主な原因は末梢の循環不全・血流低下だろう。このため,爪床の血流も不足し,正常な爪甲を作るのに必要な血流量が確保できず,そのため爪甲は正常でなくなったのだ。砂漠に乾燥に強い植物(例:サボテン)しか生えられないように,血流不全の爪甲には白癬菌しか住めないのではないだろうか。
このように考えると,高齢者の爪白癬に抗真菌剤を投与してもほとんど効果がない理由がわかる。それは,砂漠に生えているサボテンを抜くのと同じだ。いくらサボテンを抜いたとしてもそこが砂漠であることに変わりはなく,サボテンを抜いても草原にはならないのである。サボテンをいくら抜いても,別の種類のサボテンに交代するだけで,スギもサクラもヒマワリも生えてこない。砂漠を草原に戻すためには,草原を維持するだけの水と気候が必要なのだ。
そしてもしかすると,同じことは次の疾患でも同じではないかと思う。
これらの治療のターゲットは細菌や真菌なのだろうか。
(2010/10/26)