"critical colonization" は虚構・アホの論理である


 世界の褥瘡治療の専門家の先生たちの間では "critical colonization" という考えが大流行である。 "critical colonization" とは「"colonization" よりも細菌数が多くなり,創感染に移行しそうな状態」と定義されている。要するに,それまで創感染を起こしていなかったのに,細菌数が多くなって感染するようになる,という考え方だ。

 ここで,"critical colonization" という状態が実在し,上記のプロセスで発症する」と仮定する。


 上記のプロセスが成立するためには, "colonization""critical colonization" "infection" の変化は次のような経緯をたどっているはずだ。

【①創面に細菌は定着しているが創感染を起こす能力がなく,創感染が起きていない(="colonization")】

【②細菌数が(何らかの原因で)増加】

【③細菌が創感染を起こす能力を獲得(="critical colonization")】

【④創感染が起こる(="infection")】


 ①の段階で創面に定着した細菌に「創感染能力」がないことは明らかだ。①の段階で「創感染能力」を持っていたら,その段階で創感染を起こしているからである。「細菌は数が少ない時には創感染能力を持っていても発揮できないが,数が増えるとその能力を発揮する」という現象は,細菌学的にありえないことである。

 実は創感染を起こす細菌(真正細菌)はそれほど多くない(なお,以下の議論では真菌や酵母などの真核生物の創感染については取り上げない)。黄色ブドウ球菌の一部,A型溶連菌の一部,ウェルシュ菌,ビブリオ・バルニフィカスくらいではないかと思う。もちろん,創面から他の細菌が検出されることはあるが,それは単なる定着(colonization)であって感染(infection)ではないし,敗血症を起こす細菌はこの4種類以外にもあるが,「敗血症を起こすから創感染を起こす」わけでもないのだ。
 例えば黄色ブドウ球菌は創感染,食中毒,SSSSなど様々な症状を起こし,「毒素のデパート」と呼ばれるほど多彩な毒素を産生するが,実は全ての黄色ブドウ球菌があらゆる毒素を産生し,あらゆる病気を起こしているわけでない。黄色ブドウ球菌はゲノム分析で5つの系統に分類されていて,それぞれの系統が別種の症状を起こすことが確認されている。要するに,食中毒を起こす黄色ブドウ球菌と創感染を起こす黄色ブドウ球菌は別物であり,創感染を起こすためには創感染を起こす能力が必要なのである。

 上述の4つの細菌については人間の皮膚や軟部組織のタンパク質を分解するタンパク分解酵素を有していることで共通している(これは細菌のゲノム分析で証明されている)。要するに,人体を破壊することで自分たちの居場所を人体内に作れる細菌がいて,それに対して人間側の免疫反応が起き,人間はその反応(発赤や腫脹など)を見て「創感染が起きた」と判断するわけである。要するに,創感染が起きるかどうかは細菌数ではなく,創面に定着している細菌にその能力があるかどうかなのである。

 これは「草食のウサギが増えたら肉食ウサギに変身するか」という命題と同じだ。草食のウサギが肉食ウサギに変わるとしたら,消化管の構造を草食仕様から肉食仕様に変え,消化酵素を全て肉食用に変え,消化管の常在菌をすべて取り替える必要があるのだ。要するに,遺伝子レベルでの変化が必要だ。数が少なかろうと多かろうと,ウサギは草食動物であり,数が増えて肉食に変わることはない。遺伝子が変わらなければウサギは肉食にはなれないのだ。


 もしも本当に "critical colonization" という現象があるとしたら,上記の③の段階で創感染能力,つまり,それまで持っていなかったタンパク分解酵素(=人体のタンパク質を破壊する能力)を新たに獲得したことを意味し,その酵素を作るための遺伝子を新たに獲得したことになる。
 となると,細菌はどこからその遺伝子を獲得したのか,という疑問が生じてくる。もちろんそれは,他の細菌からプラスミドで伝えられたと考えるしかない。となると,創面に既に「人体タンパク質を破壊する酵素」を持った他の細菌が存在していたはずである。

 しかしここで矛盾が生じる。その「人体タンパク質破壊酵素」の遺伝子を前もって持っている細菌が他に存在しているなら,既に "infection" 状態になっていなければいけないからだ。

 なぜこのような矛盾が生じたかというと,「"critical colonization" という状態が実在する」と仮定したからである。従って,"critical colonization" という状態が実在する」という仮定は否定される


 ついでに,「創面の細菌が増える」という状態についても考えてみよう。

 肉芽上の細菌密度(=単位面積当たりの細菌数)は肉芽面上の有機物などの栄養源物質の濃度で一義的に決まる。つまり、肉芽面の細菌密度を決めるのは肉芽の浸出液の性状であり,細菌は与えられた栄養物の両以上に増えることはできない。
 また,細菌の分裂速度(黄色ブドウ球菌は40分に1回分裂し,12時間でおよそ26万倍に増える)から考えると,肉芽上には「細菌のいない空白域」は存在しないことになる。つまり,「創面の細菌が増える」ためには,他の細菌のいない傷が新たにできるか,栄養源となるタンパク質が増えるか,二つに一つであり,それ以外は考えられない。

 この二つの条件はどのようにして実現されるだろうか。それは次の二つである。

  1. 細菌がタンパク分解酵素で肉芽を破壊し,傷が拡大し,かつ,組織崩壊産物(=タンパク質など)が増加
  2. 局所の循環障害が起こり、肉芽が壊死して細菌の生息域が増え,同時に組織崩壊産物が増加

 1の場合は最初からタンパク分解酵素を細菌が有していたわけだから,ここでも「細菌数が増えて肉芽を破壊し始めた」という筋書きは否定される。

 2のように,肉芽を維持するのに必要な局所の血流がなければ肉芽は自然に崩壊することは事実である。この場合,単位面積当たりの細菌数は増加する。だが,肉芽が崩壊した状態であっても,そもそも細菌に組織破壊能力がなければ創感染は起こらないことは既に説明した。要するに,

という結論になり,いずれにしても,「局所の循環障害が起こり、肉芽が壊死し,創感染が起こる」というプロセスは否定される。

 この思考実験からも「"critical colonization" という状態が実在する」という概念は否定されることになる。


 細菌とは生き残り戦略として「分裂速度を向上させる」ことを選び,その手段として「体のサイズはより小さく」「生存に不要な遺伝子をどんどん切り捨てて必要最低限の遺伝子しか持たない」方向に進化した生物群である。体のサイズが大きいほどATPの細胞内運搬が非効率になり,遺伝子が大きいほど分裂速度が遅くなるからだ。だから,「人間のタンパク質を破壊する酵素を作る遺伝子」を持つことは細菌の生存に不利になってしまう。
 逆に言えば,「人間のタンパク質を破壊する能力」を持つ細菌は,不利を承知でその能力を獲得・維持していることになる。

 例えば破傷風菌。これは本来,酸素のない環境でしか分裂できない細菌である。自然界では破傷風菌は芽胞の形で酸素から身を守っているが,破傷風菌の芽胞はなんと,地表から10センチ以下の浅い土壌でしか見つからないのである。もちろん,浅い土壌は酸素に富んだ環境であり,破傷風菌にとっては毒物に囲まれているわけだ。嫌気性菌であるなら,もっと深く酸素のない土の中に入ればいいのに・・・と不思議に思わないだろうか。少なくとも私はこれが不思議でならなかった。

 だが,「酸素に富む浅い土壌にしか存在しない」というのは,破傷風菌にとってまさに生き残り戦略なのだ。そしてこれは,なぜウェルシュ菌(=ガス壊疽の起炎菌)が,分裂に必要な栄養源を作り出す酵素を放棄してまで動物の皮下組織を破壊する酵素を持ち続けているのか,という答えでもある。そしてこれこそが,クロストリジウム属という嫌気性菌がなぜ酸素に富む地表を生存環境に選んだのか,という謎への解答となる。

 これは非常に面白い問題なので,皆様,ヒマでしたら考えてみてください。


 この文章を読んでもまだ,「"critical colonization" という状態はあるに決まっている」と言い張る先生方,ぜひ,反論をお願いします。公開の場でバトルやろうぜ!

(2010/07/12)