3胚葉生物の誕生と中枢神経系


 そして,5億5千万年前ころ(エデュアカラ紀)に3胚葉生物(外胚葉+中胚葉+内胚葉)が出現した(この時期については異論はあるようだ)。そしてカンブリア紀に入り,節足動物をはじめとする多様な動物門が一挙に登場し,多様化し進化した。当時の海中は進化の実験場となり,ありとあらゆる動物の体制と体の構造が試され,可能性が模索された(ちなみに,生物の多様化はエデュアカラ紀から始まったが,燐酸カルシウムを主成分とする固い殻を持たなかったために化石として残っていないだけ,という考えもあるようだ)


 この多様化と進化の原動力は恐らく眼であったという説がある。

 眼は一部のクラゲにも認められるが,カンブリア紀に入って登場した三葉虫などは初期から高度な視覚情報処理能力を持つ眼を有していた。これにより捕食者と被捕食者の関係はよりスピーディーでスリリングなものとなった。それまでの海綿動物や刺胞動物が得ていた情報はあくまでも水中のイオン濃度の変化だったりpHの変化であり,現在の動物で言えば嗅覚のようなものだ。嗅覚は確かに相手の存在を知るのに有効な情報を教えてくれるが,相手との正確な位置関係や移動スピードを知るには不十分だ。ごく大雑把な情報しか得られないからだ。水中では拡散で広がる分子をキャッチするしかないから当然である。そしてもちろん,刺胞動物の世界ではそれで十分だったのだろう。

 しかし,視覚情報は正確な距離と運動の情報を瞬時に教えてくれる点で嗅覚とは比較にならないし,嗅覚が及ばない遠くの情報もゲットできる。まさに,それまで刀と槍で戦っていた時代にいきなりミサイルが登場したようなものだ。これにより,逃げる方も追う方もよりスピードアップが必要になり,さまざまな高度な戦略で追ったり逃げたり隠れたりしなければ生きていけない軍拡競争の時代になった。そして,そのような時代を可能にしたのが情報総合司令塔としての中枢神経系であり,その神経系が支配する中胚葉由来の運動器官だった。そしてそれらをすべて持つ3胚葉生物がその後に出現するあらゆる動物の基本構造となった。


 これに伴い,刺胞動物(2胚葉動物)では体表面にあった神経系は体の最深部に配置されることになった。もちろん,要求される情報処理能力と運動機能のレベルが上がり,それを統合する中枢神経系の重要性がどんどん増すとともに,容易に損傷を受ける体表面でなく体の最深部に中枢神経を移動させる必要があったのだろう。

 そして恐らく,カンブリア紀の爆発的多様性はさまざまな体制の実験室でもあり,新たに形成された中枢神経系をどこに配置するかで種々のモデルが生まれ,その中で最深部に中枢神経系を配置する体のモデルが生き残ったという可能性もある。

(2009/01/26)