なぜ細菌は多細胞化しなかったのか


 地球上に最初の生命体が誕生したのはおよそ40億年前,最初の光合成生物が出現したのが35億年前,そして現在の植物が行っているのと同じ光合成を行う生物である藍藻(藍色細菌)が出現したのが27億年前,ミトコンドリアを持つ最初の真核細胞が出現したのは15〜12億年前,そして最初の多細胞生物が出現したのが今から10億年ほど前と考えられている(研究者により,これらの年代には数億年の幅があり,これらの数字はおおよその目安くらいに思って欲しい)

 多細胞生物は全て真核生物,すなわちミトコンドリアを持っている細胞からなるが,他方,真正細菌や古細菌で多細胞化の道を歩んだものはいない。これはなぜだろうか。


 もちろん,細菌も細菌同士で協力しあって生活していないわけではない。その代表例がバイオフィルムだ。バイオフィルムは何かの物の表面に付着した細菌(その本質的な意味についてはのちほど説明する)がムコ多糖を主成分と数薄い膜を作ってその下で生活しているものだ。フィルムというと2次元構造かと思ってしまうが,実は中は立体3次元構造をしていて,そこでは多種多様な細菌がわずかな条件の違い(酸素濃度やナトリウム濃度の違い)によってミクロン単位で棲み分てをしているのだ。しかもその内部ポリマーで仕切られていて、細菌たちは互いに栄養物や代謝産物、さらには情報伝達物質を放出しては、それらが溶け込んだ水が行き来しているのである。これはまさに無脊椎動物によく見られる「開放血管系とその中を流れる血液やホルモン」とほとんど同じであり、バイオフィルム内部の細菌たちがいかに高度に組織化された生活をしているかがわかる。

 これだけみると、バイオフィルムの内部は一部の無脊椎動物(=多細胞動物)とどこが違っているのかと思ってしまうが、もちろん決定的な違いがある。バイオフィルム内部はあくまでも「共同生活」であって、高度に分化した器官を持つ「個体」ではないからだ。真核生物は多細胞化できたが、細菌は多細胞生物になれなかったのだ。


 その理由は何か。これはあくまでも私見だが、細菌は呼吸のために細胞壁を捨てられなかったが、真核細胞はミトコンドリアとの共生によって細胞壁を捨てることができたところにあると考えている。

 細胞膜は基本的に、細胞膜を挟んでの物質輸送機能を持っていて、これが消化吸収や神経伝達での物質輸送を可能にし、それが結果的に消化器・呼吸器などの機能分化を実現した。また、細胞膜は自由な形に変化できるが、これもまた細胞同士の接着面積を増やすことを可能にしたため、多細胞化に有利に働いた。
 要するに,多細胞化するためには細胞膜での接触が必要となり,真核細胞はそれに合致している構造をしていたわけだ。

 一方、細菌の細胞壁はプロトン散逸を防ぐという役割とともに、細胞内の高い浸透圧に抵抗して形態を維持するという機能も果たしている。実際、真正細菌の細胞内は、能動輸送によって浸透圧は5〜20気圧に達しているのだ(古細菌の内圧はこれより低いようだ)。要するに、きわめて強固な構造物でなければこの圧力に抗することは難しい。
 しかし通常,「強固な障壁であること」と「物質を通しやすいこと」は二律背反である。このため,細菌が集合体を作ったとしても接触面は細胞壁同士であり,細胞壁を通じての物質や情報のやり取りは十分保てず、細菌集合体にはなれても,多細胞生物にはなりえなかったのではないだろうか。

 そしてここに、前述の「細菌は分裂速度を最優先にする」という原則が絡んでくる。分裂して複製するためには体は単純な形の方が有利になるのだ(複雑な形ほど複製に時間がかかるから)。さらに、高い内圧に抵抗するためには球か球に近い形が力学的にもっとも安定している。そして実際の細菌も球形や円柱に近い形をしているものがほとんどだ。
 その結果,細菌同志がいくら集まっても、物理的にみれば球と球の集合であり、互いの接触面積は最小となり、細菌相互の物質輸送、情報伝達はほとんど期待できないことになる。これは細胞膜の形を自由に変えて接触面積を増やせる真核細胞と決定的に違っている。


 細菌が有機的な集合体を作れなかったのは、実はこういう単純な物理的な問題があったからではないかと考えている。

(2009/01/20)

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