これは素晴らしい映画だぞ。熱血爆走バイク親父を描いた痛快・爽快で力強い映画だ。60過ぎの白髪オヤジが,年代物のバイクを改造して世界最速で走らせようとするだけの映画なんだけど,なんて面白いんだろう。なんて熱いんだろう。主人公が古ぼけバイクで疾走するシーンを思い出すだけで,心が熱くなってくる。
登場するのはいい人間ばかりで,それも心が温かい人たちばかり。そういう人たちに助けられ,60代の初老の親父が目指すはバイクの最高時速321キロを突破すること。周りの人たちはこの親父の突飛な行動に悩まされつつも応援していく。この「困ったちゃん爺さん」に振り回されつつも,まっすぐ一途な情熱に引き込まれていく。最後の爆走シーンは迫力満点!
ちなみに,実話に基づく映画であり,元になった小説も素晴らしく面白いらしい。
舞台は1963年頃。ニュージーランドの南端の小さな町に60代の男,バート・モンロウは一人で暮らしていた。彼が考えているのはただ一つ,40年前に作られた古ぼけたバイク,インディアン・スカウトを世界最高時速で走らせることだ。そのためにまだ夜も明けないうちからバイクの轟音を轟かせては,部品をこつこつと手作りし改良に余念がない。だから隣家の父親には「今度また騒いだら警察を呼ぶぞ!」と文句を言われているが,その家の子供はモンロウの掘っ立て小屋に入り浸り,バートが部品を作る様子を目を輝かせてみている。
バートの夢はアメリカのユタ州にある広大な平地,ボンヌヴィル塩平原で開かれるスピード狂たちの大会に出てバイク部門の世界記録に挑戦すること。だがバートも既に60歳を過ぎ,体にガタがきている。前立腺肥大でオシッコが出始めるまで時間がかかるし,狭心症の発作まで起こしてしまう。残された時間はわずかしかない。挑戦するなら今しかないし,今がラストチャンスかもしれない。
そこで彼の知人たちは募金を募ったりして2000ドルの渡航資金を作り,貨物船に料理係として乗り込みアメリカに渡る。ニュージーランドを出発するとき,暴走族たちが駆けつけ,「爺さん,選別だ!」と金を手渡してくれる。
そして何とかアメリカに渡るが,資金はもう残り少ない。彼はいかにも怪しげなモーテルに部屋を取り,そのフロント係の女装男性と友人になり,彼に助けられて中古車店を紹介される。オンボロ中古車をさらに値切って買おうとするバートに店の支配人は振り回されるが,彼の無邪気な人柄と車修理の腕に惚れ込み,店の機材を提供して中古車でインディアンを牽引できるように車の改造に協力する。
バートは一路,ボンヌヴィルを目指す・・・といいたいが,そこもまた紆余曲折。途中で体調を壊した時はインディアンの末裔に助けられ,車が壊れると初老の未亡人が住む家の裏庭に放置されている車の部品を駆使して直したりする。そして何とかボンヌヴィルに到着するが,事前登録していないものは参加できないと知らされる。
大会主催者はルールをたてに参加を断り,バイクの整備不良を指摘する。しかし,そこでたまたま知り合った人たちがバートの少年のような熱い走り屋魂に心動かされ,彼らの奔走によってついに試走が許される。そして,多くの人たちの善意に支えられたインディアンは,真っ白な塩の大地を飛ぶが如く疾走する。爆音が地を揺るがし,その圧倒的な加速性能に主催者側も度肝を抜かれ,その熱い走りに誰もが熱狂する。
何より,主演のアンソニー・ホプキンスのよぼよぼの姿がいい。体の調子も良くなくて普段歩く姿もおぼつかないし,ちょっと踊ったりするといまにも狭心症の発作を起こすんじゃないかと見ていて心配になるくらいだ。そういう普段の姿と,バイクの調整をしている少年のような眼の輝きのギャップが素敵だし,バイクに乗り込む姿も爺臭いんだけどどこか格好いい。
ホプキンスというと《羊たちの沈黙》や《ハンニバル》のレクター博士の印象が強すぎるけれど,この映画ののバートの無邪気な笑顔を見ていると,やはりこういうホプキンスがいいなと思う。
そして彼を支える人たちの善意がこれまた気持ちいい。隣家の夫婦もいいし,暴走族たちもいいキャラだ。特に隣家の少年がとても上手い。私が子供の頃,大人が物を作っている様子を見るのが好きだったことを思い出してしまった。きっとこの子も,バイク青年になり,機械屋になるんだろうな。
アメリカに到着したバートはどこに泊まるかも決めてなくて行き当たりばったりに行動する。それでも,出会う人たちは彼の人柄に惚れ込み,彼を放っておけない気分になって彼を助けていき,またそれにより,自分たちも知らず知らずのうちに元気になっていく。
そして最後の字幕によると,このジイ様はなんとその後7回もボンヌヴィルの大会に出場し,67年に出した記録はいまだに破られていないという。爺さん,あんたは偉い! あんたはすげえ奴だ。
もう手放し・褒めっぱなしモードになってしまうが,唯一残念だったのが,いつの時代の話なのか,そもそもインディアンというバイクはどういうバイクなのかが十分に説明されていないことだ。前者については,途中で「1951年,12年前に死んだ人」の墓標で1963年だということがわかるが,それは映画の後半であり,そこまでは「ちょっと古い時代が舞台らしいけど,一体いつの時代なんだろう」と思ってしまった。
後者については,そもそも古いバイクに関心がなければインディアンというバイクについての知識はないし,なぜそこまでバートがこのバイクに入れ込むのかが見ているほうに伝わってこない。最初の暴走族との競争の場面で,「爺さん,何であんたはこんな古いバイクにこだわるんだ」,「それはな・・・」なんていう風にバートに説明させるシーンがあっても良かったと思うし,そちらのほうが観客に親切かも。
でも,そんなのは目くそ鼻くそだ。見終わった時の爽やかな圧倒的感動の前では大したことではない。
(2008/02/0)