《キンキーブーツ Kinky Boots》 (2005年,アメリカ/イギリス)


 こういう頑張っていこうぜ,という映画には弱い。何しろこの映画は,「今がどん底,さあ,これから巻き返しだぜ」,とか,「愚痴を言ったって何一つ解決しないよ。まず一歩踏み出そうぜ,そうすれば何かが変わるんだ」,とか,「皆で知恵を出し合い,工夫すれば解決できないことなんてないんだ」とか,そういうイギリス映画である。見終わった後に元気が沸いてくる。しかも職人魂満載,物作り工程満載である。冒頭の革靴作りの過程を見ているだけで,もうぐっと来てしまう。そして見終わったあと,いい靴,何十年も持つような靴,職人さんが精魂込めて作り上げた靴を一生に一度くらいは買ってみたくなる。これはそういう映画だ。

 もちろん,不満な点はいくつもある。登場人物は揃いも揃って善人ばかりだし,ストーリーはあまりにも予定調和で,こうなるんだろうな,と思っていた通りに展開するし,説明不足の部分も幾つかある。展開も平板といえば平板だし,主人公と婚約者とのすれ違いももうちょっと描いてほしかった。でも,全て許そう。そんなことを言うのは野暮だから。

 いいじゃん,善人だらけの映画だって。物事うまく行き過ぎたっていいじゃん。いつもはささくれ立った気分になるような映画ばかり見ているんだから,たまにはこんな映画を見て勇気付けられ,心がちょっぴり熱くなり,ちょいとばかり目頭が熱くなるのは必要だ。勇気をもらう,という言い方は好きじゃないけど,あんなダメ僕ちゃん経営者だってダメもとで頑張っているんだから,と元気回復の効果はあると思う。落ち込んでいるとき,後ろ向きになっているときにこの映画を見たら,ちょっとは前向きになれそうだ。

 ちなみにこの映画のモデルは実在し,ブルックス(W.J. Brookes)で実際にあったことらしい。ま,実在モデルがあったからって何だってわけじゃないけどね。


 舞台はイギリスはロンドンの北にある小さな町,ノーサンプトン。調べてみると,この町は現在の紳士靴の発祥の地なんだそうだ。いわゆる,イギリス紳士が履く靴の原型はこの町の靴工場で産声を上げ,現在の紳士靴の基本的デザインはその頃はあまり違っていないらしい。今でこそ,イタリアの靴って素敵よね,と言われるようになったが,男は黙って質実剛健・ジョンブル魂の紳士靴なのだ。

 主人公チャーリーは曽祖父から3大続く靴メーカーの跡取りだ。彼は靴作りの基本を幼い頃から叩き込まれてきたが,どうやら靴作りは好きになれないらしく,マーケティングの勉強と称して婚約者とともに大都会のロンドンに移り住もうとしていた。ところがその夜,父親が急死したという知らせが入り,否応なしに靴工場の社長になってしまう。従業員たちは父親の代からいる年長者ばかりで,チャーリーは最初からなめられている。おまけに,経営順調だと思っていた靴工場なのに,父親の判断ミスから不良在庫の山であることがわかる。しかしこの場に及んでも,チャーリーの口から出る言葉は「じゃあ,僕は何をしたらいいの?」だった。

 そして,不良在庫を何とか売りさばこうとロンドンに行き,そこで,女性が男たちに襲われそうになっている現場に出くわしてしまう。何とか勇気を奮って女性を助けに割って入るが,逆にその女性に助けられる羽目になる。なんと彼女ローラは,女装した男,ドラッグクイーンだったのだ。彼女はクラブのようなところで毎晩ショーの主役として歌っていたが,女物のブーツ(高くて細いヒール,つまり女王様ブーツって奴ね)が履きにくくて,おまけに華奢すぎて折れやすいことを不満に思っていた。何しろ彼(彼女?)は大男なのだ。

 そこでチャーリーは,ドラッグクイーンと呼ばれる女装男性がロンドンに結構いることを知り,彼ら(彼女ら?)のためのブーツ,Kinky Boots(変態ブーツ)というニッチ商品を作れば売れるんじゃないかと考える。紳士靴,女性靴ならどこでも作っているが,ドラッグクイーン用の靴なんてどこの誰も作っていないからだ。

 靴のデザイナーとしてローラを招きいれ,チャーリーは靴工場を「変態靴」の工場として生まれ変わらせようとする。ところが,ノーサンプトン自体が保守的な田舎町で,おまけに工場で働いている職人たちは古い職人気質が捨てられない。しかも,女装している黒人の大男ローラである。界面活性剤なしに水と油をいきなり混ぜるようなものだ。

 だが,高いピンヒールでなければセクシーじゃない,というローラの無理難題を聞いて,靴の踵作りの老いた職人が,靴底とヒールを金属で一緒に作ればいいさ,とアイディアを出したことから,職人たちの心が次第にまとまっていく。そうなれば,狙いはミラノで開かれる靴のファッションショー。ここに出展し,ローラを中心としたダンサーたちにブーツを履いて踊ってもらったら,お洒落で刺激的でセクシーで,大男が履いても壊れない丈夫さがアピールできる。だが,ブーツ作りにはまだまだ難問が立ちはだかっていて,ミラノ行きの日はどんどん迫っていた。果たして間に合うのか・・・ってな話である。


 どこから,説明しようかな。まず,年寄り俳優がいい味を出している。上述の踵作りのシーンもそうだし,チャーリーの父親の代から秘書みたいな仕事をしているおじいちゃんもよかった。縫製担当のおばあちゃんも最初はぶつぶつ文句を言っていましたが,最後に決めるところは決めていたし,ローラに「ところであなたは男なの,女の」と質問するおばあちゃんもよかったな。イギリス映画の年寄りはいつもいい味を出しているなぁと思う。

 女装するローラに対し,男の腐った奴とみたいにあからさまに侮蔑的態度をとる中年マッチョ親父とローラとの腕相撲のシーンもよかった。この勝負,多分,決着はこうなるだろうなと読め,そのとおりになったけど,これも許しちゃおう。だって,こうしなければ治まらないもんね。

 何より,見るからに頼りなさそうなチャーリーが次第に精神的に逞しくなっていき,最初の頃の「僕,何をしたらいいの?」と人任せにする態度がなくなって一人前の大人に成長していく過程がとてもよいのだ。


 ただ,説明不足の部分も少なくないのがちょっと残念だった。例えば,チャーリーが婚約者の浮気(?)を知り,その後の二人の会話だけだと,彼女は単に「私は買いたいものを我慢できない」というようなことを言って,これでこの二人は別れちゃったみたいなんだけど,そのあたりの経緯の描き方は淡白すぎると思う。

 それと,彼女が会っていた不動産屋の男と彼女のお付き合いがどの程度だったのかも描かれていなかったし,その真相によっては,彼女がチャーリーに「実はお父さんは工場売却を考えていたのよ」と説明したことが本当だったのか,という疑問が生じてくるのだ。このあたりはチャーリーと父親との関係を考える上で重要なファクターだと思うので,明確に説明すべきだったと思う。

 また,ミラノ前夜のチャーリーとローラとの口論があり,それが「モデル役のローラが会場にやってこない,ショーができない」という絶体絶命場面の原因になるんだけど,チャーリーの「君は男を選ぶのか,女を選ぶのか,一体どっちなんだ?」というローラに対する根本的な問いかけに対し,ローラは答えていないのだ。ローラは結局,女装した男性のままなんだけど,あれだけマジに詰問したチャーリーはこれで満足しているんだろうか? ここはすごく不自然だ。


 なんていうような粗(あら)はあるけど,見終わったあとの爽快感が素晴らしいからよしとしましょう。見て損したと思う人はほとんどいないと思うしね。

(2008/01/03)

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