《ジャケット》 (2005年,アメリカ)


 なんというか,ちょっと不思議な雰囲気を持つ映画で,タイムスリップ物にラブストーリーが加わったような作品だ。発想そのものは悪くないし,素敵な雰囲気なんだけど,何かが欠けていて「ものすごく感動」とは言えないものになってしまった。基本的設定は悪くないのだから,本質的なところをもっと説明していればよかったのに・・・。


 まず映画は1992年の湾岸戦争の場面から始まる。この戦争に従軍していたジャック(エイドリアン・ブロディ)は頭部に銃弾を受け,ほとんど死んだと思われている状態から奇跡的に息を吹き返す。しかし彼はその後遺症として記憶障害を負った。本国に戻った彼は道を歩いていて,車が故障して立ち往生している母娘に出くわす。母親はドラッグ中毒らしくて言葉もろくに通じない。そのそばでは幼い女の子ジャッキーが途方にくれていた。そこで彼は車を直してやるが,母親に追い払われてしまう。そしてヒッチハイクで車に乗せてもらうが,なぜかその車はパトカーに止められる。そこで彼の記憶は飛んでしまうが,警官殺しの犯人として拘留されてしまう。しかし記憶障害があり善悪の判断がつかなかったからと診断され,精神病院での治療を受けることになる。

 その病院では,医者が1970年に禁止された人体実験のような治療をしていた。向精神薬を注射して拘束衣(ジャケット,映画タイトルはこれから取られている)を着せられて自由を奪われ,死体安置用の狭い引き出し(アメリカの映画によく出てくるやつね)に入れるという治療だった。そこで彼は湾岸戦争の記憶などのフラッシュバックが起きてしまい,気がつくと,全く見知らぬ土地に立っていることに気がつく。そこですさんだ生活をしている若い女性(キーラ・ナイトレイ)に出会う。彼女の自宅に連れて行ってもらい,泊まる場所が見つからないため(その日はクリスマス・イブだった),彼女の家にそのまま泊まることになる。そこでジャックは,彼女が成長したジャッキーであることを知り,なんとそこが2007年,つまり,15年後の世界であることを知る。しかしジャッキーはジャックは1993年1月1日に頭部に傷を負ってその病院で死んでいると教える。

 やがて二人は愛し合うようになり,あの病院の医者たちを訪ねて自分の不可思議な死の真相,病院で行われていた人体実験の真相が次第に明らかになり,同時に,警官殺し事件の記憶も戻り,全てが明らかになっていく。

 しかし,ジャックが1993年の正月に死ぬという運命は変えられず,死は刻々と迫ってくる。そんな中で彼はジャッキーのすさんだ人生を変えようと考える。そして1992年の彼はジャッキーの自宅に向かい,彼女のドラッグ中毒の母親にあることを告げる。そしてついに,彼が頭部の怪我をして死ぬ日になり,彼はまた拘束衣を着せてあの死体収容用ロッカーの中に入れてくれと頼み,最後のタイムスリップをする・・・ジャッキーに最後の別れを言うために・・・というような映画だったと思う。


 まず,始まってから30分くらいの間,何が起きているのか,一体何の映画なのかがわからず,見ているのが結構辛かった。湾岸戦争の様子がリアルに映し出されたかと思うと,いきなり車が道端に止まっているシーンになり,母親は訳がわからない反応をしているし,その次はいきなりヒッチハイクである。各々のシーンは極めてリアルなのに,悪夢のような非現実感というか,そんな感じなのだ。そして精神病院に入院し,いきなり人体実験と思われるシーンになり,痛そうな注射シーンと暗闇に閉じ込められるシーンになる。ここまで来てもどっちの方向を向いている映画なのか全くわからないのである。

 しかも,主人公のジャックの性格付けがよくわからないのである。ジャックを演じるのはエイドリアン・ブロディ,つまり《海上のピアニスト》のピアニストを演じている俳優さんであり,八の字眉毛が特徴のちょっと困ったような顔をしていて,基本的に「いい人」キャラである。その彼が記憶障害があり,自分の行動を思い出せないために警官殺しの罪を着せられるわけだ。つまりこの時点では,いい人である。ところが,精神病院の中での突発的な暴力シーンなんかもあるため,一体ジャックはどういう性格なの,と当惑してしまうのだ。


 この映画の重要な設定の一つが15年後の世界へのタイムスリップだ。ジャッキーの15年後の姿を見てしまったため,彼女の人生を変えようとして1992年に行動を起こして彼女の人生を変え,その結果として死んでしまうわけだ。そうであるなら,なぜタイムスリップをするようになったのか,なぜ彼にそのような現象が起きたのか,彼だけに起きた現象なのか,それは彼の記憶障害と何らかの関連性があるのか・・・について,もっと丁寧に説明すべきだったのではないだろうか。もちろん,この映画は一種のファンタジーだから,という逃げ道はあるだろうが,ここのところが全く説明されていないため,せいぜい2級品どまりなのだと思う。

 それと,ジャックとジャッキーのベッドシーンも唐突じゃないだろうか。もちろん,21歳の大人気女優が惜しげもなくオッパイを見せてくれるのは嬉しいことは嬉しいが,二人が愛し合うようになる過程の説明も不足している。いくら2007年のジャッキーが21歳かもしれないが,ジャックが1992年に会ったジャッキーは6歳くらいなのである。このあたり,全く葛藤なしにジャッキーとエッチできちゃうもんかなぁ,とおじさんは疑問を持っちゃうのである。

 また,湾岸戦争の時に一度死んだのにまた生き返った,というエピソードも重要だと思うんだけど,それがストーリーのどこにつながってくるのかもよくわからなかった。

 そして,1992年のジャックは1993年の元旦に死んじゃって,その死の寸前に最後のタイムスリップをして「幸せな生活をしているジャッキー」に出会うところで映画は終わっている。このジャックはその後どうなっちゃうの? 1993年元旦のジャックは死んでいるけど,2007年の「幸せな人生を歩むジャッキー」と会ったジャックは生きているの? このあたりのパラドックスはいくらファンタジー映画といっても,きちんと説明すべきだと思う。というか,このあたりをきちんとするのがタイムスリップ映画としての最低限のルールじゃないかと思う。

(2007/11/27)

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