飛んでいる飛行機というのは究極の密室です。逃げ出そうとしても逃げられないし,落ちたら確実に死にます。窓から雲海を眺めている分には何となく大丈夫そうな気がしますが,「落ちたら死ぬよなぁ」なんてことに気がついたら超怖いので,私は敢えて気がつかないようにして飛行機に乗るようにしています。そういうわけで,飛行機パニック映画は定番中の定番です。
そして,ヘビも一般的には怖い生き物です。うねうねとした動きも不気味だし,猛毒を持っているものもやばい感じだし,口が大きく開く様子も不気味です。だから,往年の名作恐怖漫画,『ヘビ少女』なんて本当に怖かったです。ヘビをペットとして飼っている人以外は,触ることすら難しいんじゃないでしょうか。そういうわけで,ヘビが主役のパニック映画も定番中の定番となっています。この方面の映画に詳しい人なら,即座に5つくらいは挙げられるでしょう。
そういう「定番もの合体映画」というのがあり,その一つがこの『スネーク・フライト』です。もちろんB級映画ですが,気合の入ったB級映画であり,サービス精神旺盛な素晴らしいB級映画です。A級芸術映画のつもりで作ったのに,なぜかはずしてB級になってしまった映画と違い,作り手が最初から「最高のB級映画」を目指して作った映画というのは,やはり面白いです。気合の入れ方ってやつですね。
もちろんこの映画,冷静になって考えればおかしな点ばかりです。ギャングのボスが殺人の目撃者を消そうとするのはいいとして,その目撃者を消す手段としてはあまりにまだるっこしいというか,遠回り過ぎて,「それじゃ確実に目撃者を殺せないだろう!」というツッコミは入れられますし,飛行機の貨物室でヘビが目覚めたとしても,高度1万メートルの貨物室は零下の世界だからヘビは動けなくなるんじゃないか? というツッコミも入るはずです。第一,いかにも時限装置ですという時計がノーチェックで貨物室に積み込まれるのもちょっと変です。
でも,そんなツッコミを忘れさせるくらいの面白さがあるし,2時間近く楽しませてくれましたからこれでいいとしましょう。ちなみにこの映画の監督さんは,以前激賞した《セルラー》の監督です。ジェットコースターのようなハラハラ・ドキドキの連続,そして,そこかしこにちりばめられたユーモアなど,共通点が多いです。《セルラー》ほどの傑作ではありませんが,見て損したという感じはないはずです。いつぞや紹介した《スネークトレイン》とは大違いです。
多分,この監督の発想は単純だと思うんですよ。「高度1万メートルの海の上を飛んでいる飛行機の中がヘビで一杯だったらすごいよな。面白い映画になりそうだな」程度の思いつきなんだと思います。もちろん,この程度の考えなら誰だって思いつくはずです。問題はその先です。「飛行機の機内にヘビがウジャウジャ」という非現実的な状況にいかに説得力を持たせるか,毒蛇がウジャウジャという状況を作ったとして,それでどうやって2時間映画にするか・・・など,クリアすべき問題は山積しています。このあたりがクリアできるかどうかが,駄目映画になるかそうならないかの分かれ道です。
このように見ていくと,この映画の長所がはっきりしてきます。まず,登場人物の紹介の仕方がいいです。冒頭の飛行機に乗り込む場面で,主要な登場人物のプロフィールが簡潔明瞭に描かれ,この時点で,最後まで生き残るであろう人物と,途中で死んじゃうだろうなという人物がわかります。例えば,飛行機が離陸して座席ベルト着用サインが消えた途端にトイレに入ってエッチする馬鹿ップルがいます。オッパイ丸出しのサービスシーンです。こういう馬鹿ップルは最初にヘビに食われるんだよね,と誰しも予想しますが,その予想を裏切らず,見事にオッパイに食いつかれます。クレオパトラの自殺シーンみたいです。
あるいは,赤ん坊が一人,そして二人の幼い兄弟も登場します。この子供たちは死なないよね,まさか死なせたりしないよね,この子たちが死ぬところは見たくないよなぁ,と誰しも思いますが,大丈夫。この映画はそんな非人情な映像は絶対に見せません。赤ちゃんは無邪気にガラガラヘビの群れの前でおもちゃのガラガラを振っていますが,助けてくれる人間がちゃんと登場します。あるいは,幼い弟を咬んだヘビの種類をしっかりと絵に描いて記録していたお兄ちゃんも泣かせます。偉いぞ,お前!
また,「駄目人間が窮地で立ち直る・能力を発揮する」というシーンがあると感動するのは当たり前ですが,この映画のようなB級映画にそういうシーンがあると余計感動します。この映画では,最後にジャンボを操縦する太っちょ兄ちゃんがそれです。操縦士たちがヘビに襲われて操縦できなくなった時,それまで「とろいトロイ」と馬鹿にされていた彼が勇気を奮い,意を決して操縦桿を握ります。「おお,こいつ,やるじゃん」と思っていたら,実は飛行機を操縦したことがなく,フライトシュミレーションのゲームをしただけだということがばれてしまいます。「お前が練習したのは任天堂か,プレステか?」と尋ねられ,「プレステ2だ」と答えるシーン,ソニー関係者には感涙物でしょう。
もちろん,ヘビ君たちがファーストクラスに入り込まなかったのはなぜ,とか,主人公のFBI捜査官は実はあまり活躍していないよね,とか,あれでヘビの大群が一網打尽にできるわけないよね,とか,いろいろ不備な点はありますが,このくらい面白ければいいかな,と大目に見てあげましょう。そうすれば,2時間,楽しめます。これはそういう映画なんですから。
(2007/09/29)