「これはすごい」という評価と「これって一体何だったの?」という評価に真っ二つに分かれる映画を結構見ています。で,この映画もそのひとつ。コーエン兄弟が撮ったロードムービーなんですが,やはりかなり微妙な感じでした。面白くないわけじゃないんだけど,どこかで隔靴掻痒ってな感じです。また,ストーリー展開がなんだか平板で,いろいろなエピソードが絡んでいくんだけど,それらがすべて同じ重みで処理されているため,メリハリがない感じです。
しかしこの映画を,ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を基にしたミュージカル映画だとわかると,それはそれで素晴らしいのです。特に,1930年代を中心としたブルースやカントリーミュージックやは聴いているだけで嬉しくなってくるし,各場面にぴったりの曲ばかり選ばれているし,各々の演奏がまたいいのですよ。特に,主人公3人組が歌い踊るナンバーは最高だと思います。
それから,いろいろ登場するエピソードが最後に全て解決されるのも気持ちよかったな。なるほど,ここであの小ネタが生きてくるわけか,と納得できる結末だったのも後味がよい理由でしょう。最後のダムの場面なんて最高でした。
というわけで,要するに,ホメロスのパロディーだということがわかっていて,『オデュッセイア』を事前に読んだ人にとってはとても面白い傑作映画,そういう事前の知識が全くなく見始めた人には「何がなんだかわからない映画」となるわけです。
とまぁ,一応褒めといてあらすじとちょっと紹介。
主人公3人組は脱獄犯です。ジョージ・クルーニー扮する男がリーダー格で,彼は銀行強盗で得た120万ドルをあるところに隠していたんだけど,その村が数日後にダムが完成することを知り,脱獄したわけです。その数日の間に金を掘り出さないと,大金はダムの底。それで必死になって逃げ出したわけだけど,開始早々に不思議な盲目の老人に「お前たちはこれから苦難のたびを続けるであろう。その結果,いろいろなことに出会い,得るものがあるだろう」なんて言葉を告げられます。
足の鎖を切ってもらおうと仲間の一人の親戚の家を訪ねて鎖を切ってもらうんだけど,そいつに裏切られ,何とか逃げ出しては不思議な宗教儀式集団にあって洗礼をしてもらったり,「四つ角で悪魔に魂を打ってギターがうまくなった」という黒人ギター弾きを車に乗せたり(ブルースが好きな人なら,このギター弾きのモデルが誰か,もわかりますよね),歌を歌ってそれが州全体で有名になったり,3人の美女に誘われて捕まったり,クー・クラックス・クラン(KKK)にギター弾きが捕まって処刑されそうになったり,知事選挙に巻き込まれたり,妻が自分を見捨てて金持ち男と結婚間近だったり,銀行強盗が牛を撃ったり,追っ手に捕まりそうになったりと,予備知識がない人には「これ,何なの?」というエピソードが次々と登場します。どれが重要なエピソードなのか,重要でないのかは,全くわかりません。このあたりは見ている方はちょっと辛いです。
このゴチャゴチャのエピソードは実は,『オデュッセイア』のエピソードをそのまま現代になぞったものです。「なるほど,あの薄着のお姉ちゃん3人組はサイレンってわけか」という具合になりますし,冒頭の予言をする老人も盲目でなければいけない。しかし逆に言うと,このホメロスの叙事詩のことをまったく知らないと,何がなんだかよくわからないということになります。ここにこの映画最大の問題点があります。
確かに,ファンタジーと現実の狭間を浮遊するような映像感覚は非常に面白く,その意味では成功している映画だろうと思いますが,ホメロスを知らないとわけがわからないというのは独立した作品としてはどうなんでしょうか。
(2007/08/24)