評価が難しいというか,どの程度に評価したらいいか迷ってしまう映画です。丁寧に作られているし,ストーリーもかなり凝っています。1980年代のアメリカの雰囲気も見事に再現されていると思います。
ですが,面白いかといわれれば面白くないわけじゃないけど,傑作かといわれても傑作と積極的に誉めるほどでもないし,記憶に残る場面はあるんだけど心からの感動とは程遠いし,一見,スプラッターホラーみたいに見えるけどスプラッターホラーじゃないし,全てにおいて中途半端な感じでした。少なくとも,繰り返して見たい作品ではありません。
途中までは結構いい感じのサイコ・ホラー調なんですが,途中から失速し,最後は「この程度の結末なの?」という羊頭狗肉,竜頭蛇尾的な終わり方です。真相って結局,それだけだったんですか? 2時間引っ張ってこれですか? 真面目に最後まで見て損しちゃったな。このあたり,リヒャルト・シュトラウスの音楽に似ています。彼の音楽って結局,冒頭に大風呂敷を広げ,ここで感動(というか驚かせた)させた後はひたすら下行路線をたどり,しょぼい結末を迎えます。ま,そんな感じですね。
舞台は1980年代のニューヨーク。27歳のパトリック・ベイトマンという青年が主人公。彼はニューヨークの一流証券会社の若き副社長で,高給取りで,豪華マンションに住み,豪華な家具に囲まれ,一流高級スーツに身を固め,常に体を鍛え,若く美しい婚約者と毎日のように一流店で食事を・・・という生活を送っています。いわゆるアメリカのバブル絶頂期のヤッピーと呼ばれていた連中の典型です。
彼の付き合う仕事仲間たちも当然,ヤッピーばかりで,予約なしに入れないレストランの予約が取れたとか,名詞のセンスは誰のが一番いいかとか,ほとんど内容空っぽの会話をする毎日です。脳みそは儲け話と投資話にしか使っていないため,中身がなんにもありません。だから,外見だけの衣食住で競い合っている感じです。こんなヤッピー連中がアメリカ経済の立役者だったのですから,そりゃあ,バブルもはじけて当たり前だったよな,という気がしてきます。
そんなベイトマンは,内面の空虚さに苛立ち,やがてそれは恐ろしい衝動となって外に噴出します。誰でもいい,人を殺したい,それもなるべく残虐に殺したい,殺したやつらの頭を切り落としたい・・・という衝動です。やがて彼はそれを実行に移します。
自分よりセンスのいい名刺を持っている友人の頭を斧で叩き割り,町で拾った売春婦をベッドの中で殺し,女を追って裸でチェーンソーを振り回し,拳銃で男たちを手当たり次第に撃ち殺し,ホームレスを蹴り殺しと,ありとあらゆる殺人事件を起こします。冷蔵庫を開けると生首が入っているし,誘われた女性がドレッサーを開けると死体がぶら下がっています。
そして,犠牲者の家族から捜索願が出たらしく,彼の前に私立探偵が現れ,彼のアリバイについて執拗に問い詰めてきます。そして,追い詰められた彼はついに,友人の弁護士に「俺がみんな殺した。全て俺の仕業だ」と電話で告白します。ところが翌日顔を合わせた弁護士は,彼の言うことを全く信じません。なぜなら・・・,という映画です。
この映画のように最後に大どんでん返しがある映画は珍しくありません。この映画のどんでん返し自体は目的達成といっていいでしょう。ですが,その方向性が問題なのです。
どんでん返しには二種類あります。「ええっ,それが真相だったの? すげぇよ,これ」というタイプと,「ええっ,それが真相だったの? 駄目じゃん」というタイプの二つです。残念ながらこの映画は後者タイプです。それまで本格的シリアル・キラー型映画だったのに・・・と文句をつけたくなります。
確かに,大量残虐殺人ものとして見ていると,途中から変な感じなんですよね。例えば,証券仲間を殺して死体をでかいバッグに入れて運ぶシーンがそうです。バッグから血が滴っていて,血液が床についているのに,守衛さんは全然気がつかないし,その袋をトランクに詰め込むときに知人が近づいて来るんだけど,彼らはバッグのブランドしか注意を払っていません。そのほかにも,こいつをいつ殺したんだっけ,という犠牲者はいるし(でも生首はしっかりと冷蔵庫に入っている),全体に整合性がまるでありません。おまけに,途中から主人公の名前を別人の名前で呼ぶシーンはあるし,主人公が呼びかける名前も違っていたりするし,私立探偵と主人公の会話もかみ合っていない部分があります。
感のいい人なら,多分このあたりで,「もしかしてこの映画って,実は主人公の○○でした,って映画じゃないの?」となんとなく感じ取るはずです。私は「バッグから滴り落ちる血液」のシーンで違和感を感じ,名前を呼び間違えるあたりでそれをほぼ確信しました。
おそらくこの映画は,「1980年代ってアメリカ全体がサイコだったんだよ,狂っていたんだよ」ということを伝えようとしている作品なんでしょう・・・違っているかもしれないけど・・・。
(2007/07/18)