《ラスト・キングス》 (1997年,アメリカ)


 最初に断っておくが,以下の解説は「ネタ,バレバレ」である。ネタバレが嫌いな人は絶対に読まないで欲しい。

 といってもこの映画では最初の15分あたりで致命的なミスをしていて,この時点で犯人の少なくとも片方がばれてしまい,これに気が付かない人はいないだろうと思うので,「ネタバレは反則」なんて騒がずに大目に見て欲しい。


 この映画,一般的には結構よくできた映画だし,サスペンス映画としてはいい方だと思う。特に,後半の裏切り者(内通者)は誰なのかが次第に明らかになる過程はスリリングだし,最後の最後に明らかになる主犯(と言っていいのだろうか?)の正体とそれへの決着の付け方も納得がいくものだった。

 だが,上述のようにミステリーとしては致命的なミスがあるのだ。最大の欠点は,「発端となった女性誘拐事件」がどう見ても「車に乗っていた二人のうちどちらか,あるいは両方が仕組んだ八百長誘拐事件じゃないの?」と犯人がばれてしまう点にある。この誘拐された状況はどう見ても,「ここで誘拐してね」と予め計画していたか,「私,ここにいるから誘拐してね」と誘拐犯に連絡を取っていない限り不可能なのだ。


 映画は,マフィアの先代のボス(今は堅気の仕事に就いているらしい)が5人の若者(すべて男)に拉致,誘拐,監禁されるところから始まる。彼は身動き一つできない状態で意識を取り戻し,おまけに彼の右の薬指は根本から切断されていた。

 若者たちの一人の妹が誘拐され,200万ドルの身代金を要求されていて,身代金が出せない彼はマフィアのボスに金を出してもらおうと考えて,拉致したのだった。妹を誘拐した犯人側から切断された妹の薬指が送られてきたため,マフィアのボスにも同じ事をして,金を出させようと言う計画だった。

 しかし,足を洗ったとはいえマフィアのボスは百戦錬磨の強者だ。彼は椅子に縛られて身動きできない状況ながら,誘拐犯5人の性格を読み,それぞれに語りかけることで互いの結束を崩していく(このあたりの心理戦はまさにスリリング!)。同時に,「妹誘拐犯」と交渉する役目の弁護士がその誘拐事件を調べていくうちに,その5人の中に「妹誘拐事件」を裏で操っている1人がいることを明らかになってゆく。


 身動き一つできないマフィアのボスが,若者たちに心理的揺さぶりをかけながら,事件の黒幕をあぶり出していく過程は迫力があり,見応えがあった。言葉だけで相手を操っていく様子は,心理戦のお手本ともいうべき見事さだった。

 しかし,この心理戦があまりに見事なため,かえってその他の部分の杜撰さが目立ってしまい,全体としてのバランスが悪くなってしまったように思う。

 最大の欠点は前述のように,この事件の発端である「妹誘拐計画」だ。これは要するに,妹とその恋人(若者5人衆の一人)が車に乗っていて道に迷い,そこでいきなり暴漢に襲われて妹が連れ去られたという事件である。この状況での誘拐が成立するとしたら,運転手(=恋人)があらかじめ「ここで道に迷ったフリをするから女を誘拐してね」と事前に打ち合わせをしていなければいけないはずだ。あるいは,誘拐される妹と恋人が仕組んだか,二つに一つである。いずれにしても,この時点で真犯人はバレバレである。

 同様に,マフィアのボスを5人組が連れ出して誘拐するシーンも変だ。彼らがボスがいつも訪れるレストラン(?)を探り出して,そこで彼と会話ができるチャンスを作るのはいいとしても,このボスがそこで彼らが運転する車に同乗する過程はちょっと無理がある。しかし,ここで彼が同乗してくれなければ,「ボスの誘拐」そのものが不可能なのである。


 また,200万ドルという身代金も巨額すぎないだろうか。当時のレートでも二億円を超える。こんな身代金が出せる親となると,どれだけいるだろうか。おまけに,この「誘拐された妹」の家庭事情はかなり複雑で,とても200万ドルなんて出せそうにもない。百歩譲って,誘拐犯が行き当たりばったりに女性を誘拐したにしたとしても,この金額を要求するのは非現実である。となるとどう考えても,誘拐された方と誘拐した方がグルじゃないかと,もしかしたら,200万ドルを要求したのは犯人でない誰かなんじゃないの,というのがバレバレなのである。これは見ているときから気になってしょうがなかった。

 となると,「妹が誘拐されて200万ドルを要求されたがとても出せない,だからマフィアのボスに出してもらおう」という計画自体の非論理性が見えてくる。何より,妹が誘拐されたのはいいとしても,見ず知らずのマフィアのボスにお金を出してもらうと言う計画自体がおかしいのである。このあたりの不自然さも,映画(DVD)を試ている時から気になってしょうがなかった。

 そして何より,この若者たちは,マフィアボスをどうするつもりだったのか,という疑問がある。言ってみればこの事件は,山○組の元組長を誘拐したようなものである。この元組長に3億円を出してもらい,彼の身柄を解放したからめでたし,めでたし,とはならないはずだ。だって元組長にしたら,その3億円はいわれのない出費である。しかも,薬指を切断されているのである。それで,この若者たちを笑って許す元組長なんているはずがない。それこそ,草の根を分けても5人を探し,指を切り落とし,それからセメント詰めだろう。そうでなければ,しめしがつかないはずだ。


 となると,そもそもこの若者たちは,この元ボスをどうするつもりだったのだろうか。生きて解放したら自分が殺されるのは自明だし,元ボスを殺したら殺人犯だ。殺していなくても誘拐は重罪である。「妹誘拐事件はなかったんだよ」と言い訳したとしても,「元ボス誘拐」は厳然たる事実として残るから,200万ドルを得たとしても割が合わないのである。「若者の杜撰な犯罪計画」がテーマにしても,ちょっと杜撰すぎるなと思う。

 同時に,「事件の本当の黒幕」が,あれで逃げ切れると思ったとしたら,それもかなり甘い。のんきにアバカンスを楽しんでいる暇はなく,もっと遠くに逃げるのが常識ある行動だろう。


 「ある間抜けな犯罪の俯瞰図」として見れば面白い映画だが,傑作犯罪映画になるためには決定的な何かが欠けていると思う。

(2007/05/21)

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