2005年カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞と最優秀脚本賞を受賞した作品であるが,事実,一度見たら忘れられない強烈な印象を与える感動作だ。どんなことをしても男同士の約束を守ろうとする骨太の男気と,そこにかいま見えてくる中年男の悲哀,殺された男がこの世に残した思いの強さと,その男を殺してしまった男の後悔が錯綜し,比類なき深みのある世界が展開されていく。
これは,二人の男と一つの死体で語られるロードムービーであり,先の読めないサスペンスであり,さらに,国境とは何か,国とは何かという問題を見る者に突き付けてくる懐の深さを感じさせる作品となっている。
監督,主演はトミー・リー・ジョーンズ,彼の初監督作品である。彼はイーストウッドの映画などに出演しているが,ここでは実に渋いカウボーイ役を演じている。ただ約束を守るためにとり憑かれたように行動する中年男の姿が見事だ。「芸術は処女作に向かって成熟する」という言葉をこの作品に贈ろう。
そして,誤って人を殺してしまう男の役がバリー・ペッパー。不慮の事故とはいえ人を殺してしまった困惑と後悔を感じていながら,それをうまく表現できず,かえって「あれは事故だったんだ。俺は悪くない」とばかりくり返す男だ。その彼が道行きの途中でアメリカのたわいないテレビドラマを見て涙を流すシーンは涙を誘う。そのテレビドラマが,数日前までの彼の平穏な日々に重なってくる。だからこそ,ラストシーンでの彼の「一人で大丈夫か?」という叫びがとてつもなく感動的なのだ。
舞台はメキシコ国境に近いテキサスの町。ここの牧場で働くメキシコ人カウボーイ,メルキアデス・エストラーダの死体が発見される。銃弾で胸を撃ち抜かれていた。やがて,彼を殺したのがアメリカの国境警備隊のマイク(バリー・ペッパー)だったことが明らかになる。国境警備隊はそれを警備中の事故として処理するが,やがてその事実をメルキアデスの親友ピート(トミー・りー・ジョーンズ)が知ってしまう。
生前のメルキアデスはピートに一つの頼み事をしていた。「俺が先に死んだら,広告ネオンだらけのアメリカには埋めないでくれ。俺の死体は故郷のヒメネスに埋めてくれ」と。そして彼は,家族の写真を見せ,ヒメネスへの地図を書いて渡す。メルキアデスが死んだ今,彼の思いを遂げられるのは自分だけだ。そして彼は行動する。
ピートはマイクを拉致して手錠をかけ,メルキアデスの墓場に連れていき,死体を掘り返せと命じる。腐乱が始まり激しい死臭を放つ死体とマイクを馬に乗せ,一路,ヒメネスを目指す。ただ,メルキアデスの死体を故郷に埋葬するために・・・友との約束を果たすために・・・。
しかし,そのためにはメキシコとの国境を越えなければいけないが,拉致したアメリカ人国境警備隊を連れている。執拗な国境警備隊の捜査をかいくぐってピートは国境を越えなければいけない。
断崖絶壁を乗り越え,砂漠を越え,二人と一体はヒメネス近くの街に到着する。しかしその街の誰もが,ヒメネスなんて町は知らない,そんな町はないという・・・。
映画の冒頭から20分くらい,短いシーン,短いエピソードが何の脈絡もなく,混沌とした時間軸で映される。一体何が起こっているのか,見ている方には全く判らない。しかし,やがてそれらは一つの事実を明らかにする。なぜ,メルキアデスはマイクに撃たれなければいけなかったのか,なぜ,マイクはメルキアデスを撃ってしまったのかだ。そして同時に,マイクの家庭の様子,ピートの日常も見えてくる。生活のために危険を冒して国境を越えなければいけないメキシコの現実,メキシコ側の国境の村の現実,国境警備隊の日常も浮き彫りにされる。国境を越えるという行為,国境を守るという行動の意味を,見るものに突き付けてくる。
ピートたちに食事を提供する盲目の老人が別れ際に発する「頼むから俺を撃ち殺してくれ」という叫びが悲痛だ。なんて悲しい人生の黄昏なんだろう。
ヒメネスなんて町は存在しないかも知れない,と知ってからのピートの行動がまた呆れるばかりに愚直で,そして感動的だ。馬鹿馬鹿しい行動だが一本筋が通っている。その不器用さがいい。そしてそれが一つの奇跡に結実し,マイクの最後の言葉に昇華する。
殺人者に手錠をかけて連れ回す,というと初めは犠牲者の復讐のつもりなのかと思っていたが,実はピートには復讐心は全くない。彼がマイクに求めているのは殺したことを認めることと,メルキアデスに謝罪すること,たったそれだけなのだ。復讐ではなく贖罪なのだ。だから,途中のピートの狂気を孕んだ行動がありながら,見終わった後には清々しさしか残らない。マイクもようやく心の重荷をおろせ,救われる。それが最後の「一人で大丈夫か?」という言葉になる。
細部を見ていくと色々説明不足のシーンや意味不明の部分があるし,メルキアデスの死体の腐敗の様子も医学的には不自然だ。だが,そういうことはどうだっていい。この映画はそんな詰まらないことを吹き飛ばしてしまう一途さと熱い血が流れている。
この圧倒的な感動の前では,沈黙しよう。
(2007/03/27)