《グレイスランド》 ★★★★(1998年,アメリカ)


 エルヴィス・プレスリーは生きている,という上質な大人のためのファンタジーだ。私はもともとファンタジー系映画はあまり好きじゃないんだけど,これはよかったです。果たしてこの爺さんは本物のエルヴィスなのか,そうでない単なるエルビス・マニアなのか,頭のいかれた爺さんなのか・・・なんて,途中からどうでもよくなった。あのステージの熱唱を見たら胸が熱くなった。そしてなんだか勇気がわいてくる。人生の岐路に立ってどちらに進んだらいいかわからなくなった時,あの熱唱はたぶん背中を押してくれる。勇気を持って一歩踏み出せとエールを送ってくれる。

 ちなみにグレイスランドとはエルヴィスが人生最後の時を送ったメンフィスの自宅のことをいい,エルヴィス・ファンにとっては聖地であり,今でもその地を訪れる人の列が絶えないそうだ。映画の後半はこのグレイスランドのエルヴィスの自宅で撮影が行われていて,内部が公開されることは滅多にないという。


 医者の卵,バイロンは結婚直後,交通事故で新妻を亡くした。自分が彼女を殺した,なぜ彼女は自分を残して去っていったのかとの思いに苛まれ,列車に車がぶつかる瞬間を悪夢のように思い出す日々を送っている。乗っているキャディラックは事故でもぎ取られた左側のドアはそのままに放置され,心の痛手の深さを示している。

 その事故から一年後,ヒッチハイクの初老の男を車に乗せるところから,この奇妙なロードムービーは始まる。男はエルヴィスと名乗り,これから20年ぶりにグレイスランドに戻るところだと話す。しかし似ているのは髪形だけで,顔は別人だ。やたらとエルヴィスについては詳しいが,どう見てもおかしい。州境の街までなら送ってやることを約束するが,この「自称エルヴィス」には次第に不思議なことが起きてくる。

 スピード違反で警官に捕まりそうになるが,その初老の警官は幼い頃,エルヴィスと遊んだことがあり,「自称エルヴィス」はその時の出来事をすべて思い出させる。懐かしい思い出話に話が咲き,警官はエルヴィスたちに手を負って自由の身にする。また,バイロンの車が動かなくなると「自称エルヴィス」は一人で歩き出し,すると一台のレッカー車がやってきて「キングの頼みだ,直してやるよ」と優しい声をかけてくれる。

 そしてバイロンは近くのカジノで「自称エルヴィス」に再会する。どうやら彼は,その晩のステージで歌うことになっているらしい。しかし,ステージ直前,突然バイロンに「ステージ裏の楽屋に来てくれ」とアナウンスが入る。バイロンが楽屋で見た例の男はエルヴィスのステージ衣装に身を包んでいたが,トイレの中で泥酔し,ステージに上がれない,ステージが怖いと動こうとしなかった・・・。そしてひょんなことから,バイロンは「自称エルビス」の正体を知ることになる。


 エルヴィスを演じている俳優はハーヴェイ・カイテル。はっきりいってエルヴィスには似ても似つかない。エルヴィスのソックリさんなら掃いて捨てるほどがいるのに,なぜもっとも似ていない俳優が演じたのか。多分,エルヴィスに似ていない男が演じることに意味があるのだろう。そんな男が,本物のエルヴィスがまだ生きていたら,多分こういっただろう,こう勇気付けただろうということを話すから,逆にその言葉が重みを持つ。

 そして,その似ても似つかぬ初老の男がステージで "Suspicious Mind" を歌い始める。その時,エルヴィスの魂が舞台に降臨し「自称エルヴィス」に憑依する。あれから20年たち,齢を重ねたエルヴィスなら絶対にこう歌ったはずだと思わせる迫真性に背筋がゾクゾクする。このシーンは素晴らしい。見ていて目頭が熱くなる。胸に熱いものが湧き上がってくる。

 あるいは,エルヴィスの命日にグレイスランドに集まったファンたちがロウソクを灯し,その中で「自称エルヴィス」が "Remember The King!!" と叫び,それを受けてファンたちが口々に「キングを忘れるな」と叫ぶ。その声の輪の中に消えていくラストシーンは,さりげなくも心に残る。恐らくあのロウソクの輪は天使の光臨の象徴じゃないだろうか。つまり,かつてのロックの王は,傷ついた心を持つ人を救う天使,守護神になったという解釈もできるような気がする(アメリカ人の好みからいえば絶対にこれだろう)


 それにしても,死してなおエルヴィスは忙しい。これまで何度も「エルヴィスは生きている」という都市伝説の主人公になったし,本作のようなファンタジー映画の主人公になったり,はたまたは寝たきりになってもなお仲間を救うためにミイラ男と対決するために立ち上がる。アメリカ人の心にそれほど深く残っている人物なのだろう。アメリカ音楽史には他にもジャズの帝王,ジャズピアノの神,サックスの帝王がいるが,死んでからもまだミイラ男と対決しているのは,恐らくエルヴィスだけじゃないだろうか。

(2008/09/02)

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