《麦の穂をゆらす風》 
(2006年,アイルランド/イギリス/ドイツ/イタリア/スペイン)


 「誰と戦っているかはすぐにわかるが,なぜ戦っているのかが時々わからなくなる」という終結部での主人公の言葉が,深く心に残っている。そしてこれは,1920年前後のアイルランド独立運動を通して,国家とは何か,政府とは何か,独立とは何か,文化とは何かを鋭く鮮烈に描きあげた大傑作だ。カンヌ映画祭で公開されたとき,感動の拍手が鳴り止まず,スタンディングオベーションが10分以上続いたそうだ。

 そして,このイギリス現代史の恥部ともいうべき歴史を白日の下に晒したのは,イギリス映画の巨匠,ケン・ローチだ。カンヌ公開前からイギリスのマスコミでは「国辱映画だ」「反イギリス映画だ」「これこそがイギリス映画の良心だ」と賛否両論が巻き起こったが,ケン・ローチが描こうとしたのは「これはアイルランドの昔話ではない。今私たちが生きている世界そのものではないのか。アフガニスタンはどうなったのか,イラク戦争はどういう結果をもたらしたのか,パレスチナとイスラエルの問題と同じではないのか」ということだったと思う。

 これらはいわば,人類普遍の問題である。古くからあり,解決できていない問題である。そういう問題に対し,ケン・ローチは「アイルランド問題」という特殊事例を通して,普遍的な問題点を見事に抉り出している。まさに「特殊を突き詰めると普遍が見えてくる」ということだろうと思う。

 いずれにしても,見終わった時の感動は圧巻だ。もちろん,20世紀初頭のアイルランドの歴史を知らなければちょっと判りにくい部分があるが,きちんと歴史を学ぶ手間をかけるだけの価値は十分にあると思う。


 というわけで,アイルランドの歴史,イギリスとの紛争などについてちょっとまとめてみた。この映画を見るための予備知識として,このくらいを知っていれば十分だろう。

 アイルランドの歴史は紀元前3世紀にさかのぼり,ヨーロッパからのケルト人の移住がまずあった。一時,ノルマン人(フランスのノルマンジー地方の住民)が侵入したり,バイキングの侵入に悩まされたりし,12世紀半ばからイングランド王の支配地となった(映画中で「俺たちが自由を手に入れるにはあと700年待たなければいけないのか」という言葉は,このあたりが背景になる)。17世紀半ばにクロムウェルが侵略し,イングランドの植民地となる。宗教的にはアイルランドは伝統的にカソリック,イギリスはイギリス国教と異なり,しばしば宗教対立の原因となったが,1829年にカソリック教徒解放(=いわゆる信教の自由)が確立した。
 1840年代,アイルランドではしばしば主食のジャガイモの不作が続き(原因は,ジャガイモの葉を枯らす細菌感染症),最悪のものは1848年の「ジャガイモ飢饉」であり,食い詰めた多くのアイルランド人が新大陸アメリカやニュージーランドなどに移住し,彼らが初代の「アイルランド系アメリカ人」となった。

 大英帝国(グレートブリテン)からの独立の気運が20世紀初頭頃から高まり,1905年にイギリスからの独立を唱えるシン・フェイン党が創設される。当初この政党は穏健な路線で独立を勝ち得ようとしていたが,1914年に一旦は成立した「アイルランド自治法」が第一次大戦勃発でうやむやにされ,たな晒しにされたことから,しだに活動は先鋭化していくこととなる。

 1916年4月,復活祭の月曜日に「イースター蜂起」事件が起こる。シン・フェイン党を中心とするアイルランド義勇軍によるダブリンでの武装蜂起で,一時,アイルランド共和国独立宣言が発せられたが,イギリス正規軍の出動により30日で義勇軍は敗退し,指導者は処刑された。なお,このアイルランド義勇軍が後のIRA(アイルランド共和国軍,Irish Republican Army)の前身となる。当時,アイルランド北部6州にはアルスター義勇軍(プロテスタント系武装組織)があり,それに対抗するために作られたカソリック系武装組織がIRAだった。この映画の前半部分はこれが時代背景となっている。

 1918年,アイルランドでは総選挙が行われ,シン・フェイン党は7割の議席を獲得するが,もちろんイギリスはその結果を無視。これを気に,アイルランド独立はアイルランド人の悲願となり,IRAは過激な武力闘争に傾くこととなる。

 1922年にイギリスの自治領として「アイルランド自由国」が成立するが,自治が認められたのはアイルランド南部のみ(現在のアイルランド)のみであり,北部アルスター地方6州(現在の北アイルランド)は自治を認められなかった。これが20世紀半ば以降の「アイルランド紛争」の原因となった。この映画の後半はこのような時代背景を基にしている。

 1938年にようやくイギリスは南アイルランドの独立を認め,英連邦内の共和国,という地位を得,1949年に英連邦から脱退し,共和国としての悲願の独立を獲得した。


 ちなみに,以前取り上げた本の紹介でも書いたが,Great Britenを「大英帝国」と訳すのは誤訳である。Great BritenはあくまでもLesser Britenに対する名称であり,「ブリトン人が住む小さな地域(=現在のフランスのブルゴーニュ地方)」に対してイングランド諸島のことを「ブリトン人が住む広い地域」と呼んだのに過ぎない。

 ちなみに,この「大英帝国」という誤訳の意味もわからず,日露戦争後の日本は自分の国を「大日本国」と呼び,憲法を「大日本国憲法」と呼ぶことにした。さらにそういう日本の恥ずかしい間違いを真に受け,「大韓民国」と読んだのは韓国である。どこの国にも恥ずかしい過去というものはあるのだ。


 さて,この映画に戻ろう。時代は1918年,舞台はアイルランド南部の小さな町,コークだ。主人公のデミアンは町一番の秀才で医師を目指し,ロンドンに発とうとしていた。デミアンの兄,テディはIRA地方組織の幹部である。デミアンは幼馴染の一家に別れを告げようと彼の家を訪れるが,その時,アイルランドの伝統的スポーツをしていた青年達をイギリス武装警察が襲うという事件に遭遇する。「無届けの集会は法律違反だ」と言いがかりをつけ,それに反発した17歳の少年が無残に殴り殺される。この少年の葬儀の場でイギリスへのプロテストソング,「麦の穂を揺らす風」が歌われる。

 村の若者達は,武器を取ってイギリスに抵抗しよう,イギリスからの独立を勝ち得ようと話し合う。しかし冷静なデミアンは,大英帝国の軍隊に碌な武器もない自分達が勝てるわけがない,無駄死にだ,と反論する。


 しかし,ロンドンに出立しようとするデミアンの目の前で,彼の人生を変える事件が起きる。列車に乗り込もうとしたイギリス人兵士に対し,運転士と車掌が「労働組合の取り決めで,列車にイギリス兵を乗せないことに決めた。お前らが乗っている限り,この列車は動かさない」と毅然として拒否するのだ。殴られても蹴られても,運転士と車掌は頑として態度を変えない。殺すぞ,と銃を突きつけられても,殺してもいいが,それでは列車を動かす人がいなくなるだけだ,と胸を張っている。そしてその日から,デミアンは医師の道を捨て,アイルランド独立のためにすべてをなげうち,筋金入りの戦士に変身する。

 しかし,碌な武器もないIRAのイギリスとの戦いは凄惨を極める。敵を殺し,仲間を殺され,裏切りも起こる。何のための戦いなのかと疑問を持ち始めた頃,あの列車の運転士に出会い,これが貧しい民衆,栄養失調に苦しむ子供たちを救うための戦いであることに目覚めていく。そしてその頃,IRA壊滅をめざすイギリス警察により,デミアンの恋人と彼女の母親が暮らす家が焼き討ちにあう。しかし,住む家を燃やされた老婆は負けない。鶏小屋で暮らせるし,家が燃やされたくらいなら屁でもない,と毅然と言い放つ。

 アイルランド各地でこのような戦いが繰り広げられ,イギリス正規軍はアイルランドのゲリラ戦に苦しめられる。そして,ついに1922年,イギリス側から停戦が呼びかけられ,長かった内戦は終結した。アイルランド民衆は,ようやくこれで自分達が自由に暮らせ,平和な世の中になると喜んだ。そして確かに,イギリス軍は街角から撤退していった。アイルランドは喜びに包まれる・・・はずだった。


 だが,イギリス政府は老獪だった。停戦協定が明らかにされると,アイルランドは二分されてしまう。なぜかというと,アイルランドはイギリス国内にとどまり,自治領になっただけだったからだ。おまけに,北部アイルランドは自治すら与えられず,イギリスの領土のままだった。このイギリスの提案を受け入れて,とりあえずの自治を獲得すべきなのか,提案を蹴って完全な独立国家を目指すのかで,アイルランド独立運動も分裂し,やがて,兄テディと弟デミアンも袂を分かつことになる。そして,政府側の兄が反政府側の弟を取り調べることになり,あの衝撃の結末を迎える。


 このような映画では通常,「正しい側と悪い側」の二極対立の構図で描かれることが多い。しかしこの映画では,徹底的に討論する姿が描かれている。アイルランドの独立とは何なのか,どういう状態を目指すのか,そのために何を受け入れ,何を拒否すべきなのかが火花を散らしている。とりわけ,後半での教会でのカソリック神父に対し,デミアンが疑問を投げかける場面は白眉だ。まさにここで,立場と感情と論理がぶつかり合っている。

 あるいは,冒頭のアイルランド青年達のスポーツすら弾圧の理由にするイギリス警察の横暴さ。これは要するに,アイルランド文化に対する無知であり,アイルランドの伝統を根絶やしにしようとするものだ。文化を否定されたからこそ,デミアンたちは必死で抵抗したのだ。だから,蟷螂の斧しか持たない身でありながら,イギリス帝国という巨象に立ち向かったのだろう。自分たちのアイデンティティを守るための最後の砦が「文化」であり「伝承」だからだ。

 そしてこれは,私たち日本人も無縁ではない。アイヌ民族の文化を破壊し,琉球人を蹂躙し,朝鮮半島の文化を根絶やしにしようとしたのは,数世代前の日本人だった。

 アイルランドの少年に対し,イギリス警察は「名前を名乗れ」と命令し,それに対して少年はアイルランド語で自分の名前を答える。するとイギリス警察は「英語で名乗れ!」と激昂し,あくまでもアイルランド語で名乗る少年を惨殺する。英国版「創氏改名」である。名前を奪われたものの悲しみの深さ,痛みの凄まじさに胸が潰れる思いがする。

(2008/08/19)

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