《クリムト》 (2006年,オーストリア/フランス/ドイツ/イギリス)


 これははっきり言って,評価が難しい映画である。最低限でも,19世紀末から20世紀初頭にかけてのウィーンとパリの文化,当時の芸術全体の風潮,哲学的な議論について熟知していないと何がなんだかわからないからだ。要するに,クリムトの絵が好き,程度では全く歯が立たないというか,気がついたら眠っているだけ,ってなことになりかねない。しかも,そのクリムトについても彼の絵画の遍歴,モデルとなった女性についての知識,クリムトの家族関係,ウィーン文化省との微妙な関係などの知識も絶対に必要だ。

 そういえば,後半にワンシーンだけ登場する「太っちょのモーツァルト」って誰かのパロディー? 彼が弾いていたピアノ曲(多分2小節分だと思う)についても全く聞き覚えがないし,感じとしてはプーランクあたりに近いんだけど,こういう曲はなかったと思うし・・・。

 その他にも,いきなりカフェで口論が始まったかと思うと,喧嘩を吹っかけたのがウィットゲンシュタインだったりして,彼の哲学のキャッチフレーズがちょっと引用されたりして,ウィットゲンシュタインについて知らなければ,アレは一体何だったの,という場面だ。この映画,万事この調子なのだ。

 とにかく,見る人を選ぶという点では,以前紹介した《マーラー》と双璧だと思う。


 純粋に映像としてみると非常に美しい。調度の一つ一つ,壁に飾られている絵画の一枚一枚,女性たちの着ている服など,細部に至るまで選び抜かれたものしか置かれていないし,クリムトを演じる名優マルコヴィッチの演技はそれに輪をかけて重厚だ。まさに世紀末から新世紀にかけてのヨーロッパ文化の精髄ここにあり,という感じだ。

 ストーリーはあってないようなもの。1918年,死の床にあるクリムトを弟子のエゴン・シーレが訪れ,クリムトが混乱し,薄れていく記憶の中で1900年頃からの出来事を回想するというもので,最初のほうこそウィーンでは酷評を浴びた彼の裸体画がパリでは絶賛を浴びたことが(比較的)わかりやすく提示され,彼を取り巻く人物関係が少しずつ紹介されていく。しかし,運命の女性であるレナが登場するあたりから現実と幻覚が入り乱れる感じになり,どこからどこまでが彼の人生に本当にあったことなのかが全くわからなくなる。

 芸術家を取り上げた映画大好き人間の私が一番不満に思ったのは,クリムトが絵画を制作する場面が少なかったことだ。もちろん,彼の代表的技法とされる「金箔技法」は数カットあったし,弟子のシーレと一冊のスケッチ帳に少しずつ素描を書き加えていく,なんてシーンもあった。また,彼の絵画のモデルたちが全裸でポーズを取っているシーンはそれこそ数え切れないほどあった。だが,彼があの細密な絵を描くシーンはもっとあってよかったんじゃないだろうか。少なくとも私は,《クリムト》という映画タイトルを見て,一番見たいのはそういうシーンだった。


 最後にクリムトの名画をちょっと並べておこう。死とエロスと退廃がせめぎあい,全体が危ういバランスで成り立っている作品ばかりだ。

(2008/08/13)

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