《5IVE》★★★(2002年,アメリカ)


 さあ,こんなDVDジャケットをレンタルショップの棚で見つけたらあなたはどうしますか?

 いかにも面白そうです。脱出サバイバル映画でなく,サイコスリラー映画かな,という感じがしますよね。

 でも,このジャケットを見て,これって《SAW》のパクリというか,ジャケットだけ似せて中味は全然違う,って奴じゃないの? とピンと来た人,あなたは鋭いです。ちなみに,このジャケットのようなシーンは全くありません。ま,よくあることです。「ゲーム」もありません。配給会社,いい仕事してます。

 実はこの映画,スリラーでもサスペンスでもホラーでもなくて,普通のヒューマンドラマです。実は小粒だけど感動映画です。「人生,生きているだけで意味がある。最後まであきらめるな」というメッセージを前面に出した,真面目な映画です。短くまとめると,「エレベータに4人が乗り合わせ,地震でストップし閉じ込められ,一人が心臓発作を起こしたがなかなか救助がこない。おまけに臨月の妊婦が産気づいてしまう。さあ,どうなるんだ」という映画ですね。


 閉じ込められる4人の組み合わせは次の通り,自転車便メッセンジャーのエリック,予定日まであと2週間の妊婦のジェニファー,経営コンサルタントのマイケル,そしてビルの掃除婦のサンドラです。この4人がエレベータに乗ったところでいきなり大地震があり,エレベータは緊急停止。しかも,外部への連絡手段はマイケルが持っている携帯電話が一台あるきり。しかも,何度も余震は襲ってくるし,なかなか救援は来ないし・・・と,設定としてはそれなりに面白いです。しかし,所詮4人はたまたま乗り合わせただけで,それまでお互いに関係はないので,これだけではドラマになりません。

 そこで,エリックとジェニファーとマイケルの人となりと過去の出来事を細切れに紹介し,それがエレベータ密室状態の彼らの行動を引き起こし,事件を起こすという設定にしたのでしょう。このあたりは,割と綿密に計算されています。

 閉じ込められたのがエリックとジェニファーとサンドラだけだったら,まぁ,たいしたドラマにはなりません。だから,経営コンサルタントのマイケルが必要だったのです。彼は黒人なるが故のトラウマがあり(冒頭のかくれんぼのシーンが何度も繰り返され,そのトラウマが何だったかは最後に明かされます),被差別感を常に持っていて,それをバネに猛烈に努力をして成功への道をひたすら目指しています。そしてその日,もっとも大事なプレゼンテーションの予定があり,エレベータに乗る前からずっと電話をしている,という伏線になっています。そして,その取引を逃してしまうと一文無しになってしまうという危ない状況にあり,停止したエレベータの中でも電話を止めるわけにいかない,という設定をリアルなものにします。そして,彼が自暴自棄になるのも納得できます。基本的には「嫌な奴」キャラですが,最後のほうでいいキャラに変身するのは,お約束ってやつでしょう。


 映画の冒頭,「君がこのビデオを見る時,もう私は死んでいるはずだ」というビデオ撮影の様子が流れますが,そのビデオで話しているのがエリック。実は彼はゲイでHIV感染者であり,すぐに死ぬことはないがいずれ・・・という設定です。彼がゲイであるという設定が,最後のジェニファーの出産シーンで困惑するというところで効いてきます。なるほど,ゲイじゃ,あれは辛いよね。

 妊婦のジェニファーの夫が黒人であることは最後のほうで明かされますが,それが暴走するマイケルと好対照になります。彼女は幼い頃,父親が目の前で心臓発作を起こし,助けられなかったというトラウマがあり,それで救急疎性のことを学ぶきっかけになった,という伏線になっています。また,いきなりの陣痛に対しても比較的冷静に最後まで対処できたのも,2度目の出産だったということで説明できます。このあたり,用意周到です。

 唯一,過去も現在も全く説明されないのが掃除婦のサンドラです。彼女はいかにも心筋梗塞を起こしそうな体型をしていて,いわば「心臓発作要員」,つまり心臓発作を起こすためだけに登場した人物です。ちょっと可哀想です。

 映画タイトルにもなっている「5」ですが,エレベータに閉じ込められるのは4人なのに・・・と思っていたら,ジェニファーのおなかに入っている胎児も入れての数字ですね。最後の方で生まれるわけだし,数は合っています。


 とは言っても,不自然な部分は結構あります。例えば,マイケルが取引相手に電話をするシーン。地震でエレベータが止まってしまい,しかもその中で一人が心肺停止なのですから,一言,「救急隊に連絡してくれ」と言ってもよさそうなものです。エリックからの電話で対応する救急隊員も,電話の向こうで銃声が聞こえたのに何も手を打たないというのもありえないですね。普通なら警察に連絡するのでは,と思うし,いくら金儲け命のマイケルといえども,この描かれ方はあまりに類型的といえば類型的。

 実は,私が一番不自然に思ったのがエレベータの広さです。何しろ,1つの死体と,1体の死にかけ人間が横たわっているのです。通常のエレベータならそれでもう一杯です。病院の患者搬送用エレベータでも,二人の人間が横たわっていたら,もう座る余地すらないはずです。そこで妊婦が仰向けになって出産するというのは,どうなんでしょうか。ちなみに映画の画面で判断する限り,このエレベータは6畳〜8畳の広さがあるとしか思えません。下手な1Kのアパートより広いんじゃないでしょうか。


 というわけで,小粒で小ぶりで短い人情ドラマが見たい人にはオススメ! 決して悪い作品じゃありません。

(2008/07/22)

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