新しい創傷治療:消えた天使

《消えた天使》 ★★(2007年,アメリカ)


 なんていうのか,座り心地が悪いというか,素直に感想をまとめにくい映画である。その理由は多分,少女誘拐事件と連続快楽殺人という二種類の犯罪がゴチャゴチャになっていて,その事件を調べる主人公が実は警察官でもなんでもない普通の公務員で,それなのに「ダーティー・ハリーだってこんなに強引なことはしなかったよ」というようなムチャクチャな捜査活動を行い,おまけに常に銃を携帯し,たまたま目をつけた性犯罪者が犯罪に関わっていたから事件を解決できただけ,という,脚本段階での決定的な勘違いを放置したまま映画にしてしまったからだ。
 要するに,最後まで見ても「性犯罪者が更正するわけがないんだから世の中に出て来れないようにしろ」と言いたいのか,「連続快楽殺人犯はこんなに恐ろしい」と言いたいのか,よくわからない点が難点なのだ。つまり,映画としての方向性が最後まではっきりしないのである。

 もちろん,「謎解き系サイコスリラー映画+ホラー風味映画」という風に見ればそこそこ楽しめるのだが,何しろ主人公を演じるのがリチャード・ギアであるため,どうしても本格的ヒューマンドラマのように見てしまうんだよね。だから余計に,基本的な作りの甘さ,雑さが目立ってしまう。

 多分,主人公を退職間近の警官にして,真犯人以外の連中を性犯罪者に特定せずに普通の(?)チンピラか裏社会の人間たちという設定にして作り直せば,もうちょっとましでいい映画になりそうである。

 もちろん,性犯罪者は更正が難しく,再犯率が極めて高いのは周知の事実だ。例えば,若い男性にしか性的興味を持たない男に対し,オッパイの大きな熟女ってのもいいもんだぞ,と説得しても無駄なのと同じ。
 そのため,アメリカのミーガン法のように出所した性犯罪者が今どこにいるかを公開している国や,強制的に断種している国や,体内にGPSを埋め込んでしまおうという国もあるわけである。


 主人公は,過去に性犯罪を起こしたとして登録されている人間の監視をする役所に長年勤めてきた捜査官のバベッジ(リチャード・ギア)。彼は職務に忠実すぎてすぐに暴走してしまい,性犯罪者更正組織から常に抗議を受け,役所ではもてあまし気味だ。そんな彼も,退職まであとわずかな日を残すだけになっていた。そこに,後任となる女性,アリソンが配属され,彼はアリソンの教育係となり,二人はともに行動する。

 そんなところに,17歳の少女の行方不明事件が起こるが,手がかりがほとんどなく,警察の捜査は難航する。バベッジは犯人が自分が監視を続けている前科者だろうと直感し,アリソンを伴って独自の捜査を始める。しかし,あまりに強行的で規則を無視し,手荒なことも辞さない彼の捜査に対し,アリソンは疑問を感じていく。

 そしてバベッジは犯人と思われる男に狙いをつけるが,しかし事件は思わぬ方向に進んでいく・・・という映画である。


 映画の冒頭,「怪物と闘う者は,その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば,深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」というバベッジの独白から始まる。確か,ニーチェの言葉だったと思う。犯罪捜査に取り付かれ,犯罪者の心理を分析する刑事が次第に犯罪者の精神に支配され,という映画だろうということを想像させる印象深い言葉だ。《ハンニバル》シリーズでクラリスが次第にレクターの影響を受けていく過程などがそうだろう。

 ではこの映画はどうかというと,実はバベッジにそのような精神の変化はない。最後まで彼は性犯罪と犯罪者を憎み,性犯罪者が更正するわけがないと彼らを執拗に付け回しているだけである。確かに狙いをつけられた奴らはどうしようもないクズ野郎なんだけど,実際に犯罪を犯しているわけでない彼らをあそこまで執拗に付けねらい,嫌がらせをするのは明らかにやり過ぎだろう。
 もちろん,性犯罪たちの残忍な犯罪に付き合っているうちに,ここまでバベッジの精神も歪んでしまったという見方もあると思うが,そうなるとこの映画の趣旨が「憎悪に狂った男の異常な行動」ということになり,さらにおかしなものになる。

 しかも,バベッジの仕事は本来,あくまでも登録された前科者の自宅を訪ねて所在を確認し,幾つかのアンケートをするだけである。もちろんそれで犯罪が未然に防げるかは疑問だが,少なくとも彼の職務はそれまでだ。しかし,バベッジは銃は振り回すは,いきなり平手で殴るわとやりたい放題で,見ているほうがハラハラしてくる。おまけに最後のほうでは,犯人(と思われる男)の居場所を教えてくれない男にいきなり銃を突きつけ,彼の手掌を銃で撃ち抜こうとまでするのだ。しかも,他人の家を捜査令状もなく入り込み,私物を勝手に見たりもするのである。繰り返すがバベッジは単なる公務員であり,ダーティー・ハリーのような警官ではないのである。

 しかも,なかなか自分の意見を信じてくれないアリソンを味方につけるために,彼女の自宅に忍び込み,いきなり後ろから銃を突きつけるのだ。ここまで来ると,ストーカーと変わりない。


 そこまでして彼の推理の根拠はよくわからないし,犯人はこいつだ,と思いついたのがなぜかもよく考えてみると根拠薄弱であり,唯一の根拠は「自分が知っている性犯罪者のうちの誰かだ」という思い込みでしかないような気がする。ここまで思い込みで違法捜査しておきながら,犯人は自分の知らない性犯罪の前科者でした,なんてことになっていたら,バベッジはどうするつもりだったのだろうか。要するに彼の捜査は最初から最後まで,思い付きと思い込みから成り立っているのである。

 そういえば,途中でSMクラブみたいなところに潜入する場面があるが,こういうところって秘密厳守が原則だから,ふつうは簡単に入れないようになっているはずだ。ところが入り口には誰もいないし,各部屋でしているプレーの様子も廊下から簡単に覗けるし,ろくに鍵もかかっていないような感じだ。よくもまぁ,こんな無防備なところでSMプレーができるなと思う。普通なら気が散って,プレーどころではないと思う。ま,露出狂のSさん,Mさんが集まるクラブなのかもしれないが・・・。こんなところも作りが甘いなぁ。

(2008/11/04)

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