「一言でいえばジェット・リー(Jet Li,李連杰)がジェット・リーと戦う映画です。以上,解説おしまい!」・・・と,お茶を濁したくなるほど設定がなんだかわかりにくい映画です。一応,多次元パラレルワールドを舞台にするアクション映画で,いかにも未来,という武器なんかも登場するんですが,クライマックスでの一騎打ちのシーンは相も変らぬカンフーなんですね。中国人は多次元パラレルワールドを行き来できる時代になっても昔ながらのカンフーで勝負するんだな,とそういうあたりのバランスが非常に悪いです。
舞台は20世紀末のロサンゼルスのため,画面に登場する車や乗り物はすべて20世紀のままなんですが,これだけ見ていると,125あるパラレルワールドは全く同じ時間進行だということになります。ところが,多次元宇宙を管理(?)する機関(MVA)だけはものすごい未来という感じなんですよ。という事は,MVAはパラレルワールド群と別に存在する世界ということになっちゃうの? このあたりは最後までわからなかったし,多分,映画の作り手も考えずに作っちゃった感じです。
ま,とりあえず,ストーリーはこんな感じ。
この宇宙は一つでなく,125のパラレル宇宙があります。つまり,自分と同じ人間が125人いて,別々の宇宙で別々の暮らしをしているわけですね。しかし,そのパラレルワールドの間はブラックホールで繋がっていて,行き来できるようになっていたのです。それがワームホールです。しかし,皆が勝手に行き来してしまうと宇宙が混乱してしまうため,それを監視する機関が必要になり,それがMVAというわけです。
MVAの捜査官の一人,ユーロウ(ジェット・リー)は他のパラレルワールドに住む自分を殺すとそのエネルギーを吸収して強くなることを知り,違法に宇宙を移動しては自分を殺してエネルギーとパワーを高めようとします。彼が目指すのは,他の124人のエネルギーをすべて奪って超人になり,宇宙唯一の全能の存在「ザ・ワン」になること。そして,最後の124人目の自分がロサンゼルスの保安官ゲイブ(ジェット・リー)です。
しかしゲイブはユーロウを追う捜査官から「ユーロウを殺してしまうと宇宙のバランスが崩れ,宇宙が崩壊してしまうかもしれない」と聞かされます。そして,宇宙の存亡をかけた(?)華麗なカンフー・ファイトが幕を開けるのでありました・・・ってなお話でございます。
ちなみに,この映画のためにジェット・リーは《マトリックス》主演の話を断ってまで,この映画に出演したらしく,リーの入れ込みようがわかりますが,出来上がった映画としてみると,《マトリックス》よりこちらを選んで正解だったのか,ちょっと微妙な感じですね。
結局,なんだかんだいって「ジェット・リー vs ジェット・リー」でしかないため,最後の格闘シーンも普通のカンフー映画という感じになってしまい新鮮味がないんですよ。「多次元とかパラレルワールドとかいったって,結局はカンフー映画なんでしょう?」という感じでこじんまりしているのです。
確かにユーロウ君はすごいですよ。車より早く走っちゃうし,数メートルジャンプするし,垂直の塀もよじ登っちゃいます。ピストルの弾もよけちゃいます。でも,それが最後まで連続すると,さすがに飽きちゃいますね。いくら美味しいステーキでも,そればかり連続して出てきたら美味しく感じなくなるのと同じです(・・・そういう経験ないけど)。ジェット・リーはすごいことをしているんだけど,「あっ,これ,見たことがあるかも」的デジャブ感覚を覚えてしまうのです。
さらに,他次元の自分を殺してパワーアップしたユーロウと対するのは,普通のロサンゼルスの保安官のゲイブ君のはずなのに,なぜかこのゲイブ君は自分でも知らないうちにムチャクチャ強くなっていて,それで123人分のパワーを持つユーロウと互角の戦いができるのですが,このあたりは限りなく不自然です・・・ま,どうでもいいけど。
あと,異次元の自分を殺すとパワーを得られるという設定なんだけど,異次元の自分が普通の能力しかなかったらパワーが上がらないような気がするけど,どうなんだろうか。というか、この映画の基本的な設定部分がよくわからないというか、基本ルールがよくわからないんですね。
それ以外にも,「何でパラレルワールドは125という中途半端な数なの? どうせなら128とか256のほうがもっともらしいのに」なんて思ったりします。
結局、このあたりが気になるかどうか、言い換えれば気にしないかどうかが、この映画を評価するかどうかの分かれ道じゃないかという気がします。それが気にならず、ジェット・リーが出る映画なら何でも大好き,3度の飯よりジェット・リーが好き,という人にはお勧めできる映画ではないかと・・・。
(2008/11/19)